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じりじりと列が進むこと数十分。ようやく順番が回ってきた。

タオルを額に巻いてホットプレートで一心不乱にフランクフルトを焼いているのは、名も知らぬ部員と、園田君だった。

「すごい行列だね、園田君」

食券を出しながら声をかけると、園田君がハッと顔を上げた。
そしてバックヤードに向かって大声を張り上げる。

「とーるちゃん!!松浦先輩来たよ!先輩!!早く来て〜!!」
「マジで!?」
「うお、マジか!噂の王子だ!」
「すげー近くで見るの初めて!」

何故か透じゃないバスケ部の面々に囲まれて戸惑った。
体育会系ノリとでも言うのだろうか、妙な一体感で祭り上げられて後ずさった。というより半ば踵を返したくなっていた。

「とーるちゃん早く早く!先輩逃げちゃうよぉ〜!」
「紘人先輩!?」

バックヤードから出てきたのは、黒いTシャツの袖を捲り上げて二の腕を晒し、ジーンズ姿の透だった。前髪を上げてピンで留め、綺麗な額を出している。
よく見ればバスケ部全員揃いのTシャツを着ていて、「東織木校バスケ部!」の文字が白く染め抜かれていた。

透が僕の手を両手でぎゅっと握る。すると透の登場に周囲の女子達が甲高い歓声を上げた。
僕と透は営業の邪魔だと判断されたらしく部員達の手で隅の方に追いやられた。

「俺すげー待ってたんだよ!もー忙しすぎて死ぬ!超死ぬ!先輩癒して!」
「と、透、分かったから、手……!」
「部長もどっか行っちゃうし最悪だっつの」
「立花先輩か?そういえばさっき会ったぞ」
「は!?どこで!?」
「僕がクラスの当番をしてたときに……何故か頑張れって声をかけられて」
「はあ!?」

女子達の前だというのに透は盛大な舌打ちをした。
そして手を握られたままなので、そろそろ放して欲しい。すごく見られてて恥ずかしい。

「先輩、部長と知り合い?」
「いや特に面識はないが……」
「んー……まあいいや、あんな薄情な人。先輩お昼はどうするの?」
「司狼たちと食べる」
「ええーマジか……。午後は俺空くんだけど、先輩は?」
「人と回る約束してるんだ。クラスの当番もあるし」

そう言うと透ががっくりと肩を落とした。まさか誘われるとは思ってなかったから、時間を作っておけばよかったか。

「すまないな。きみは友人達と回ると思ってたから」
「いやまあそうなんだけどさぁ……」

透は拗ねたように唇を尖らせた。
むにむにと僕の手を両手でマッサージしている。少し気持ちいいので放してもらうのは半ば諦めた。

「明日朝一番なら空いてるが……」
「ん〜朝イチはコッチの仕込みで全員参加だからダメなんだよね」
「そうか縁がなかったな」
「ちょっ、そんなこと言わないで!マジヘコむから!」

上級生の僕と回るより友人達と回った方が遥かに有意義だと思う。
僕個人としては透と一緒なら楽しいだろうから出来ることなら見て回りたいんだがな。
……これも彼のファンからやっかまれそうだ。

「――じゃあ先輩、俺明日、空いてる時間に電話するから出てね?先輩も空いてたら問答無用で捕まえるから」
「それは……まあ構わないが」

やけに真剣な顔で宣言するものだから、あっけに取られた。
するとバスケ部の部員達が透の首根っこを掴みバシバシと叩いた。運動部のスキンシップは過激でつい引いてしまった。

ようやく透の手が離れてホッとする。結構強く握られていたから手が痺れていた。

「ああ、そういえばこれの交換に来たんだった」
「そうだったね。ごめん先輩」

透にフランクフルトのチケットを渡すと彼が園田君に「一本お願い!」と抜かりなく指示した。
僕達が話しているうちにかなり列が進んでいる。

「明日分のチケットもいる?」
「いや、またこの列に並ぶのはちょっと……」
「先輩だったら顔パスおっけー!VIP、VIP!ね?」
「そんな勝手に……。それにそういうのはフェアじゃないから好きじゃない」
「ええ〜先輩真面目!でもそういうとこもスキよ!」

僕は苦笑しながらしなを作る透を小突いた。
そのとき手に持っていたチュロスを見た透は目を輝かせた。

「先輩それチュロス?いーな、一口ちょうだい」
「欲しいなら食べていい。これから昼飯だからこんなに食べられないし」
「マジで?わーありがと先輩!」

なんだか透に犬の尻尾の幻覚が見える気がする……。

そうこうしてるうちにフランクフルトが焼きあがったようで、それを手渡されて僕はようやくこの人ごみから脱出できた。
人酔いして少し眩暈がする。あまり人の多い場所は慣れていないせいか、すぐこうして目の前がチカチカとしてしまう。





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