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夏休み明け、僕は早めに起きて校門をくぐった。この時間からまだ暑くて夏は続きそうな気配だった。

「おはよーひろ君!こんな時間に珍しい、ね……?」
「おはよう瑞葉」

瑞葉の声が小さくなって、僕の顔をまじまじと見た。

「……何?」
「え、だって……眼鏡、どうしたの?壊れちゃった、とか?」
「いや」

僕は、眼鏡を捨てた。新学期デビューとでも言えばいいのだろうか。

透がきれいだと褒めてくれた瞳を隠すのをやめたのだ。堂々と自分を晒したいと思ったから。
見られてもヒソヒソと噂されても構わない。僕は、僕自身を恥じないで生きていきたい。
だって彼が真っ直ぐに見つめてくれたから。「眼鏡はずせば?」と、彼が言ってくれたその言葉に従いたい。

「もともと目は悪くなかったから」
「うん、それは知ってるけど……大丈夫?」
「平気だ」

視線恐怖症なところはあるが、大丈夫だと虚勢を張る。そうしないといけない気がした。どうせ見るだけで話しかけては来ないのだし、怖いことなどない。

瑞葉はまだ心配そうに僕を見ている。
僕は安心させるために彼女に向かって微笑んだ。

「だ、だからぁー……そういうのが心臓に悪いのよ」
「何が?」
「あのね、ひろ君ってすっごい綺麗だから、そうやって笑顔を近くで見ると困っちゃう」
「そうか」

時々言われてきた綺麗だとか美人だとかいう褒め言葉。そういうのも、素直に受け取ろうと思う。
自分では見慣れた姿だから特に感慨も沸かないが、他人がそう言うのならそうなのだと思うことにする。

もちろんすごく恥ずかしいし、皮肉に思えて嫌だと感じることもある。でも、いつまでも自分を卑下するのもやめにしようと思う。
もう、教室の隅で小さくなっていた子供ではないのだから。

僕の態度に瑞葉は首を傾げていたが、やがていつもの調子に戻った。

教室に着くと、やはりじろじろと見られたが、気にしないことにした。話しかけても来ないクラスメイトはどうでもいい。
なんとなく目が合った隣の席の女子に「おはよう」と声をかけた。無視されるかと思ったが、戸惑いながらもきちんと返答があった。



ホームルームが終わった休憩時間、司狼が飛んできた。予想通りで笑ってしまう。

「紘人どうしたんだ!?いじめか!?」
「はあ?きみは僕の事を一体なんだと思ってるんだ」

おそらく瑞葉に聞いて来たんだなとすぐに予想がついて苦笑した。

「だって……その、眼鏡なくされたとか?」
「違う、家に置いてきたんだ。必要ないから」

はっきりとそう言うと、司狼は少し考えてからふっと笑った。
司狼や瑞葉は知っている。僕が何を恐れてあの眼鏡をかけていたのか。そしてどうしてそれをやめたのか。
言葉にせずとも察したのだろう、司狼は僕の肩をポンポンと軽く叩いた。

「よかったな」
「ああ」

でも透に会うにはかなり勇気が要る。夏休み中はあれ以来全然会わなかったし、正直すごく恥ずかしい。突然眼鏡をやめた僕を見て何を思うだろうか。
昼休みになるのが待ち遠しいような、怖いような気がした。
どうせ今日は始業式のみで午前中で終わりだから会わないからいいが。

しかしそう油断していたのがいけなかった。
ホームルーム後に始業式で体育館に行ったとき、ばったりと透と会ってしまった。
僕は一人でのんびりと歩いていたが、彼はクラスの友人達と一緒だった。

「紘人先輩?」
「あ、あの……ひ、久しぶり」

思わぬ不意打ちに耳まで真っ赤になるのを感じた。
透はそんな僕を見てにっこりと極上の笑みを浮かべた。

「やっぱりそっちのがいいね、先輩」

何も言えなかった。
たぶん、僕が一番欲しかった言葉だった。透が褒めてくれた言葉そのままの続き。

「……そうか」
「うん」

すとんと肩の荷が下りた気がして、自然に笑みが零れた。

すると透が友人にバシバシと叩かれていた。
彼らの突然の行動の意味が分からなくて戸惑っていると、苦笑しながら透は「じゃあね」と一年の列に歩いて行った。

僕も自分のクラスの列に並んだ。





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