5


次の日、夜になって電話がかかってきた。
僕は気分が落ち込んでいて夕方からずっとベッドに潜り込んでいたから最初は気付かなかった。
どうせ司狼あたりだろうと思って放置する。しかし着信は何度も続いた。いい加減うるさくなってディスプレイを見ると、そこには秋葉透の文字が映し出されていた。

「……もしもし」
『あれ?先輩寝てた?』
「ん……」
『えっ、こんな時間に!?どしたの、具合でも悪い?』
「そういうわけじゃなくて……眠くて」
『時差ボケとか?大丈夫?ごめん、かけなおす』
「いや、このままでいい……」

だんだんと意識がはっきりとしてくる。眼鏡をかけっぱなしで寝転けていたことに気付いて、自分のだらしなさに呆れた。
透の声の他に遠くで何かの喧騒が聞こえる。外出先なのだろうか。

『つか、ごめん。俺、謝りたくて……』
「? 何を?」
『あーなんかさ、天羽が何か言ったんだって?迷惑とかなんとか……。あ、天羽ってわかる?うちの男マネ』
「…………」

天羽という名前にビクッとする。昨日の彼の美しい顔を思い出してずんと頭が重くなった。

『ごめん、余計なこと言ったみたいで。俺、なんか変なファン?とかいるみたいでさ。そういうの練習の妨げになるからマネージャーとかが門前払いしてくれてるんだけど、先輩のこともそいういうのの一人だと思ったみたいで、俺に相談しないで先走ったんだって』

そう言われてもにわかに信じがたい話だった。
天羽君のあの攻撃的な態度はそういうのとは違った気がする。まるで僕のことを敵のように見ていた。

『だから天羽が何言っても、全然関係ないから。つか、俺の方が先輩のこと誘ったりしてるじゃん。そういうのうざかった?』
「ち、違う!」

がばっと起き出して大声で否定する。僕の声に一瞬透が沈黙した。

「そんなこと思ってない!」
『……そう?なら良かった』

ホッとしたような甘い声。それだけで溶けてしまいそうだった。

『あとね、お土産ありがと。家族みんな喜んでた。てかあのレモンのジャムみたいなの?すげーうまいね。一日で半分くらいなくなっちゃった。ていうか家族に食べられちゃった』
「ああ、レモンカードっていうスプレッドだ。僕も好きだから、きみにもと思って」
『うんありがとう。嬉しい』

あっという間に翳っていた僕の心が温かくなる。
透の声は不思議だ。僕の心をこんなにも揺さぶる。いい意味でも悪い意味でも。

『また練習見に来てくれる?』
「そうだな……時間があれば」
『絶対来てね?』

笑う透に、もうあの場所へは行けないと思った。天羽君のあの刺すような視線と言葉は、それだけ僕を恐れさせた。
でも彼が言うことに考えさせられることもあった。
それを実行するために、僕はひそかな決意をした。それが出来たらまた見に行こうと思う。

『あ、ごめんもう切らなきゃ。じゃあね、紘人先輩』
「ああ」

通話を切って、ふうと溜め息を吐く。

――僕の悪い癖だ。普段の対人関係が希薄な分、好意を持った人にはとことんのめり込んでしまう。うまく浅い付き合いができなくて、一挙手一投足に振り回される。

司狼も瑞葉にも当初はそうだった。透もそうだ。彼が優しい分、ますます付け上がってしまってブレーキをかけるところが分からない。
天羽君はそういう意味ではあそこで出会って良かったんだ。僕の暴走を止めてくれたのだから。

僕は祈るように天井を仰いで、眼鏡をはずした。




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