16


望んだとおりに一緒に絶頂を迎えられて、満ち足りた気持ちで透にもたれかかった。
精液を残らず出しきったらしい透が、大きく息を吐いてから僕に軽くキスをした。

「……抜くよ。お尻、ちょっと上げれる?」
「ぅ、ん……っ」

濡れたところをティッシュでぬぐってから、二人して力なくベッドに横たわった。
呼吸が落ち着くまで肌を撫でたり唇をついばんだりしてその時間を楽しむ。
自慰のあとは罪悪感を覚えるほど空虚になるのに、透とのセックス後はこんなにも豊かな気持ちになれる。不思議なものだ。



シャワーで汗や汚れを洗い流すと、心も体もずいぶんすっきりとした。
透が自前で用意してきたという柔らかそうな素材のルームウェアもお洒落で、彼の格好良さを引き立たせていた。
しかし、その襟から見え隠れするものに焦った。透の首元にいくつも赤い斑点が浮かび上がっている。行為の最中に僕がつけてしまったらしい。
謝ったけれど透はご機嫌で、それを隠そうともせずにリビングの中央で伸びをした。

「ねぇ紘人、体だいじょーぶ?無理な体勢じゃなかった?」
「ああ、問題ない。その……ああいうのも気持ち良かった」
「よかった!俺も!あ〜、すっげー腹減っちゃった。さすがにもういい時間だし、パーティーやっちゃう?」
「そうしよう」

透の手料理を思い出したら僕も腹が空いてきた。
そうしてキッチンは透に任せ、僕のほうは食器を並べることにした。
食器を揃え終わったら、僕はクリスマスツリーをテーブルのそばまで運んだ。
うっかり倒してしまわないようにとリビングの奥のほうに大事に置いておいたのだ。

星のオーナメントを欠いたツリーも、今のままで十分だと思えた。僕と透の間では形式にこだわる必要がないから。
それに改めて見ると、透が作ってくれたビスケット飾りがなんとも愛らしい。
中でも『透の愛情入り』のハート飾りが格別の意味を持っているように思えたので、一番上の目立つ場所にこっそり移動しておいた。

透はキッチンで忙しそうだったので、僕が飾りつけの仕上げをすることにした。
ツリーと一緒に買ってきておいたオーナメントはどれもキラキラとしている。透の選んだモールやボールは赤と金色で統一されていて、室内灯を反射して綺麗だった。

飾りつけの間にだんだんいい匂いが漂ってきたので、否応なくうきうきとそわついた。
しばらくして透が料理がテーブルに料理を運んできてくれたので、僕は憚ることなく感嘆の声を上げた。
茹でるだけや温めるだけ、とこともなげに言っていた透だが、とてもそうとは思えない出来栄えだった。

「すごい、どれも美味そうだな」
「でしょ?いやちょっと兄貴に手伝ってもらったんだけどね。あいつ暇だから」

そう言うが、お兄さんは透のためにわざわざ時間を割いてくれたのだと思う。
僕が料理に釘付けになっている間に、テーブル脇のツリーに顔を向けた透は驚きの声を上げた。

「もうツリーできてんじゃん!」
「いや、まだなんだ。きみに最終チェックしてもらおうと思って」
「チェックとかいらなくね?紘人、飾りつけ上手だね」

褒められて嬉しくなった。
それから残りの装飾を枝に引っ掛けたあと、マーケットでしたようにツリーの前でスマホのカメラに写った。

パーティーの用意がすっかり整ってから、僕はグラスとボトル瓶を持ってきてテーブルに載せた。
それを見た透がびっくりしたように目を丸くするから、おかしくなってしまった。

「えっ、まさかそれってワイン!?」
「まさか。100%ノンアルコールの葡萄ジュースだ。酒が飲めないゲストのために実家に常備してあるもので、今日のために一本送ってもらったんだ」
「まじすか……」
「こういうのならパーティーらしいかと思って」

それは一見ワインボトルに似ているが、中身はジュースなので未成年の僕たちでも安心して飲める。
オープナーでコルクを抜くと、透が何故か「おー」と手を叩いた。

「なんか紘人、将来はすっげー酒飲みになりそう」
「そうか?」
「うん、栓抜きの手つきとかめっちゃ慣れてるし。……じゃ、とりあえず乾杯しよっか?一週間くらい早いけど――メリークリスマース!」

ジュースを注いだグラスで乾杯をする。濃い赤色は本物のワインそっくりで、その味に透は陽気に笑った。
二人きりのクリスマスパーティーは和やかな雰囲気で過ぎた。
透の手料理はどれも美味しくて、それほど時間をかけずにぺろりと平らげてしまった。

そのあとデザートとして、透のお母さん手製のムースケーキもご馳走になった。真っ赤なストロベリーソースが鮮やかな三層のケーキだ。
クリスマスマーケットで持ち帰ってきた揃いのマグカップに紅茶を淹れれば、よりいっそう特別感が増した。
ところが、甘味と酸味の絶妙さを堪能している最中、透がフォークを咥えながら口をへの字に曲げた。

「つーか、さっきはちょっと話そらされちゃった感あるんだけどさ」
「ん?なんだ?」
「『修学旅行の夜』って何?ってやつの答え、俺まだ聞いてないんですけど」

本当に、透は気にしすぎる。あえて答えなかったことなのに。

「それは……実は、心当たりがなくて……」
「そーなの?」
「ああ。あるとすれば、夜にやったカードゲームで、僕の手札が丸見えだったのをいいことに、日野君がゲームを有利に進めたことくらいか」

そのとき大敗を喫した僕だが、それでも班の皆とやったゲームは楽しかったので悔しさなど微塵も感じていなかった。
翌日になってから、「実は……」と気まずそうに彼から不正を告白されたものの、僕はただ「そうだったのか」と頷いただけだった。
勝敗はさほど気にしてなかったし、それより夜中に誰かから性的な悪戯をされたことのほうがショックだったから。

日野君が罪の意識を感じていることは何か――それを彼が言わないのなら、僕には判断するすべがない。だから透にも明確な答えを返せなかった。
きっとあのゲームのことなのだろう。だったらもう終わったことだ。これ以上、掘り返すこともない。
そんなあやふやな説明に透が首を傾げ、僕ににじり寄ってきた。

「うまく答えられなくてすまないな」
「んーん、いいよ。ごめん、またつまんないヤキモチで困らせちゃったね」

首を振ると、紅茶の香りが間近に迫った。それを迎えるために唇を緩める。
軽くついばむキスをしていると、ガサッという乾いた音ともに透が「ん?」と声を上げた。

「なにこれ?って、あー……」

透がソファーの隙間から拾い上げたのは、日野君のアドレスが書かれたレシートだった。
コートのポケットに入れておいたレシートがいつの間にか滑り落ちていたらしい。帰宅直後にソファーに置いたから、落ちたのはおそらくそのときだろう。
渋面の透にレシートを差し出されて、少し逡巡してから受け取った。

「どうするの?それ」
「ん……」

昔好きだった人だと告白してしまった手前、居心地悪く唸った。
透も透でレシートの行く末が気になるとみえて、落ち着かなさそうにトントンと足を鳴らした。

「恩のある人なんでしょ?俺は別に気にしない……ってのは嘘だけど、紘人の好きなようにしなよ」

そう言われて透の顔をそっと見やった。気丈に見せかけて、不安そうな表情を滲ませている。
僕らの恋人期間はまだ浅く、互いに手探り状態だから疑り深くもなる。それでも、僕を信頼してくれているからこその台詞なんだろう。
そう思えば、寛容に努めようとしている彼がとても可愛く思えた。
レシートを強く握り込んだ僕は、掌の中で小さく丸めた。

「――いや、連絡はしない」
「どーして?一応事情わかってるし、俺、そんなんで怒ったりしないよ?」
「そういうことじゃない。中学時代にはあまりいい思い出がないんだ。彼と接すると、そういうことも全部思い出してしまうから」

透に言いながら、ふと、高校の入試試験日のときの記憶が頭に浮かんだ。
あれは試験後のことだった。
廊下でカバンを落として中身を全部ひっくり返した受験生がいた。大柄で髪はぼさぼさ、マスクとマフラーで表情は見えず、剣呑な目つきをした男子だった。
ただならぬ雰囲気を撒き散らす彼に対し、『触らぬ神に祟りなし』とばかりに皆が視線をそらして彼を避けて通った。

その姿がなんとなく自分を見ているようで、とても無視できなかった。
僕はこの高校が本命だったし試験の手ごたえもあったので、春から同級生になるかもしれない彼に、仲間意識に似た心持ちで近づいた。

散らばった筆記具を拾い集め、ペンケースにおさめて渡すと、彼はひどいしゃがれ声で「すまん」と言った。
それから落ち窪んだ目で僕をじっと見下ろしながら、「この高校を受験した理由は何だ?」と聞いてきた。
唐突な質問に戸惑ったが、少し考えたあと僕は、「新しい自分になりたいから」と答えた。

当時は気づいていなかったが、あれが司狼との初対面だったんだろう。
あのときは風邪を引いたと言っていたから、やつれ果ててあんなに人相が変わっていたいたのかもしれない。
あの完璧な司狼の人物像が百八十度違っていたことに忍び笑いが漏れる。次に司狼を見たときには吹き出してしまいそうだ。

「紘人?」

突然笑いだした僕を不審に思ったのか、透が覗き込んできた。
気恥ずかしさをごまかすために「なんでもない」と言い訳しながら、レシートをくずかごに放り込んだ。
西村さんと同じで、恋愛感情を一度でも持ったなら日野君とはこれ以上深く関わらないほうがいい。
自分自身、切り替えも割り切りも下手な、不器用な性格だと自覚しているから。

僕の手に指を絡ませつつ、透がおもむろにテーブル脇に目をやった。

「あーそうだ。このツリーどうする?」
「僕の家に置いていてもいいか?せっかくだし、帰省するまで飾っておきたい」
「うん、いいよ。あっでもオーナメントいくつか持って帰っていい?俺の部屋にも飾りたいし。クッキーは味落ちる前に二人で食べちゃおうよ」
「ああ」

腹を満たしたあとは、またもう一度抱き合った。
就寝後、朝方に目が覚めて、隣で眠る透を見ながら彼の髪を指で梳いた。

――進学してからというもの、様々なものに直面してきた。
一人暮らしの新生活、今までとは違うカリキュラム、初めて会う生徒たち。良くも悪くもそのどれもがいい刺激になった。

そうして僕は透と出会い、恋人になり、数えきれないくらいの新たな体験をしてきた。
司狼に宣言した言葉のとおりに、新しい自分になっていくのを感じる。それは、透の存在がなにより大きい。

透となら、今まで知らなかった自分をもっと発見できる。
パーティーの連続のように、楽しい日々とともに。


end.


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