12


電車を降りたところで透の手は離れた。
身勝手なことに、いざそうされると寂しく思った。知り合いに会うかもしれない最寄り駅だから、彼が気を遣ってくれたのだとわかっていても。

日野君にしろ佐藤君にしろ、どうして今日を楽しいデートで終わらせてくれなかったのだろう。そんな八つ当たりめいた苦い感情が胸中に渦巻く。
――いや、そもそもクリスマスマーケットに行こうと言いだしたのは僕だ。
あそこに行かなければ会うこともなかった。元をたどれば自分が招いた事態で、たまたま居合わせた彼らを責めるのはお門違いだ。
頭ではそう理解している。僕ひとりでマイナス、マイナスの方向へと考えているにすぎない。

途中までは順調だった。それなのに不甲斐なくもこの体たらくだ。
透に対して何を話していいかわからず押し黙っていたら、家に向かう道すがら彼のほうから口を開いた。

「けっきょく買いそびれちゃったね。オーナメント」
「……悪かった、僕のせいで」
「えっ、全然紘人のせいとかじゃなくね?どっちかっつーと俺のせいだし」

透のせい?
どのあたりがそうなのか困惑しつつ顔を上げると、透は苦笑いを浮かべていた。

「もーほんと、こーゆーのやめようと思ってんだけどね。今日のは俺のただのヤキモチだから」
「や、やきもち?ええと、何に?」
「だって紘人、中学んときのことってなんにも話してくれたことないじゃん?今までそんなの気にしてなかったけどさっきのですっげーモヤッたっつーか」
「それは、特に話すようなことがなかっただけで――」
「あとあの……日野って人?が、なんか紘人に気がある的な言い方するから、ぶっちゃけムカついて、さっさとあそこから離れたかったんだよね」

透が決まり悪そうにうなじを掻く。それから声を抑えて、僕にだけ聞こえるように言った。

「目の前で自分の彼氏がそんなん言われてたら面白くないでしょ」
「そうか……」
「あれっ?なに否定しないの!?」

大げさに驚いた透がおかしくて、さっきまでのことは忘れてつい吹き出してしまった。
笑ったついでに指の力が緩み、ずっと握りっぱなしだったレシートをコートのポケットに押し込んだ。

「こんなことを言うのも変だが、日野君とは別に何もない」
「そうなの?」
「ああ。僕はその、中学時代、恥ずかしい話だが周囲とうまくいかなかったんだ。そんな中で彼には何かと良くしてもらったから、僕が一方的に恩義を感じてるというか……だから向こうも僕をああやって気にかけてくれたんだと思う」
「ふーん……?」

日野君から決定的な言葉や態度をとられたわけじゃない。
そうしてくれたのは透だけ。だったら僕も透にだけ好意を向けていればいい。
僕がいま好きで、気持ちを通じ合わせたのは、ここにいる透だから。

思わぬ再会に動揺したものの、こうして思いきって口にしてみればたいして思い悩むことでもなかった。
学校もかわり時間だって経っている。日野君も佐藤君もいなければ、過去は過去として割り切れそうだ。
吹っ切るようにして透に笑いかけると、硬かった彼の口元も緩んだ。

「それにしても、せっかく出かけたのに雰囲気を台無しにしてしまって悪かった。やっぱり僕の発案だとうまくいかないな」
「んーん、そんなことないよ。デートまだ終わってないし」

透が再び僕の手を取る。訝しみつつ引っ張られていった先は馴染みのある場所だった。僕たちの通う高校近辺だ。
駅から通学路を歩いてきたので、すぐそこに学校が見えた。
土曜のこの時間、校門はぴったりと閉じられている。明かりはすっかり消えて部活の生徒も教師の姿もなかった。通りかかる人影すらまばらだ。

「透?」
「こっち来てこっち」

きょろきょろとあたりを見渡したあと、なにやら悪巧みを思いついたような顔で塀沿いに歩きはじめる透。
校舎周りに沿って裏手側へと回った。別棟あたりに来るとますますひと気がなくなる。僕たちの足音だけが密やかに響いた。

「――ね、ここわりと穴場なの知ってる?」
「穴場って何のだ?」
「そりゃーまあ、人目につかない場所っていうの?」

含みを持たせたその言い方に、僕もさすがに察した。
暗くて街灯の光も届かないような校舎裏。侵入防止の柵に阻まれてはいるけれど、生い茂る杉の木陰はちょうど視聴覚室のあたりだとわかる。
木々の間から冷えた夜空に星が白く瞬いているのが見えた。

初めて知ったが、柵の外側にも常緑樹が植えられている。
そんな樹の下、悪戯っぽく微笑む透に、僕は柵の側まで引きずり込まれた。

「てなわけで、クリスマスデートの最後に思い出作んない?」

正面から見つめられ、透の綺麗な顔が間近に迫る。
彼の言葉の意味がわからないほど僕も鈍くない。
視聴覚室は、僕と透が初めてキスをした場所だ。室外といえどそれを思うとドキドキしてたまらない。
透はそこまで考えてここに連れてきたんだろうか。

「と、透……」
「だめ?」

外で、しかも学校の敷地内となるといつもの僕なら断っただろう。けれど今日は違う。なにもかもが。
家に帰る前に、この苦々しいデートを甘いほうへ変えてくれるというのだ。

「だ、駄目なわけ、ない……」

照れくさいながらも素直に告げれば、透の唇が僕に軽く触れた。
冷たい唇だ。なのに胸の奥に熱く火が灯った。
二人分の白い息が重なる。僕たちはもう一度キスをした。
少し長い口付けのあと、透が嬉しそうに笑いながら僕の両頬を包んだ。

「どう?いい思い出になった?俺はめっちゃなりましたけど」
「ん……」
「……続きは家でしよっか」

オーナメントも何もいらない。これ以上望むものはない。ただもう透と二人でいたかった。


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