20


透――そう呼ぶ先輩の声が遠く感じた。
意識を引き戻してそれに応えようとしたそのとき、言いかけた唇に柔らかいものが触れた。

え、あれ、先輩、俺にキスした……?
俺の幻覚……なわけないよな。

混乱してるうちにもう一度キスされた。今度はちゃんとその感触が伝わってくる。乾いた唇の表面に先輩の唇が静かに滑り、軽く下唇を挟まれる。
それだけに留まらず、先輩はぼんやり突っ立ってるままの不甲斐ない俺をギュッと抱き締めた。俺の肩に先輩の口元が押し付けられる。

「ぼ、僕は……もっと、きみと話したい」
「うん?」
「昼休みだけじゃなくて、もっとたくさん……」

コートに吸い取られてくぐもった声を追いかけるように、先輩に擦り寄った。
俺も抱き締めていいのかな。さっきみたいに逃げちゃわないかな。
迷いつつ手を上げたり下ろしたりしてる間に先輩からぽつぽつと言葉が紡がれる。それらはどれも俺の心を震わせた。

「この前、試験期間じゃない日に一緒に下校できて嬉しかった」
「……うん」
「きみには部活動や、広い友人付き合いがあるから難しいのは分かってるが、でも……僕は、こうやって二人きりで会える機会がもっとほしいと思ってるし、きみのことを……知りたい……」

知りたい、と囁いた紘人先輩の声は低く掠れてた。こくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
先輩はいつの間にか恋人の顔に切り替わってる。だから俺も我慢するのはやめた。
先輩の蕩けそうなほど柔らかい唇にキスして、その温もりを何度も確かめる。

「ぅ……、ん……」

鼻にかかったような吐息に近い声。先輩もこのキスに夢中になってくれてると思うと熱が昂った。
瞳は閉じたまま唇を離して抱き合う。情動に突き動かされ、先輩の体をめいっぱい抱き締めた。

「あ……」

小さく先輩の声が上がる。
うん、言いたいことは分かるよ。思いっきり下半身押し当てちゃったもんな。
ショート丈のダッフルコートだし、勃っちゃってるのモロバレでムードぶち壊し。

「あー……なんかごめん。気にしないで」
「き、気にするなっていうほうが無理だ」
「だよねー」

こんな間抜けな状態、笑うしかない。でも今日はエロいことする気はなかった。もう少ししたらコートも脱がないうちに帰るつもりでいた。
だって今やったら絶対に触り合いじゃ済まない。ゴムもローションもこの家にあるのを分かってるだけに突っ走っちゃいそう。
それなのに、俺の決意を打ち崩す台詞が先輩から零れ出た。

「透……わがままをひとつ、言っていいか?」
「えっ、何?」
「したいんだ。今」
「……えっと……それってつまり、エロいこと、ですか?」
「そ、そうだ」

おいおいちょっと何言ってんの先輩。今ここでその要望ですか。
俺は一生懸命我慢してるんだよ?それなのに理性をぐらぐら揺さぶられてマジきつい。スッゲー脆いんだよ、俺の理性ってやつは。
必死にストップかけようとしてるのに、この人、どうしてやろうか。

「……あの、ほんっと、こんなこと言うのアレなんだけど、今ちょっとマズい……」
「なにが?」
「さっきから、先輩からキスとか抱きついてくるし、おまけにすげー可愛いこと言うしで、マジで、ほんと、ヤバい」

情けなく弱音を吐くと、よく分かってないらしい先輩が困惑顔で俺からそっと離れた。

「ええと……だ、駄目ならいいんだ。状況が読めなくてすまない」
「だっ、ダメとかじゃなくて!……つーか……はっきり言っちゃうけど、俺、先輩のことめちゃくちゃ抱きたい」

あーあー言っちゃった。クリスマスに合わせて初セックス!とか計画してたんじゃなかったっけ、俺。先輩、絶対引いたよなぁ。
引いたと思ったのに――先輩は顔を真っ赤に染めながら何かを期待するみたいな目で見つめてきた。

「……ごめん、悪いけど今日はムリかも。抜き合いで止める自信、全っ然ない」
「止める必要なんてない」
「え?」
「ぼ、僕もしたい、から……」

なんだろ、都合のいい幻聴かな。
一瞬意識が遠のいたけど、また先輩が俺に抱きついてきたから現実だったんだと思い直した。
なにこの状況。先輩が可愛すぎてやばい。いろんなことが吹っ飛びそう。ていうかすでに吹っ飛んでるかも。

「うぅ……もーヤダ……先輩ほんとヤダ。超好き」
「は?え?」

もう無理。好き。イヤになるくらい大好き。
ぽかんとしてる可愛い彼氏の耳たぶに唇を触れさせた。

「――じゃあ、マジでやっていい?」

とびっきりのエロ声を耳に直接吹き込むと、先輩は迷うことなくしっかり頷いた。

「いい。したい」

先に謝っておくよ先輩。優しく出来なかったら、ごめん。たぶん優しいセックスなんて出来ない。今日の俺、マジでおかしいから。
先輩が好きでたまらなくて、愛おしくて、狂いそう――。


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