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友達にこんな言い草して薄情なヤツだってたしなめられるかと思ったら、先輩の口からは予想もしなかった台詞が出てきた。

「……僕は、彼が苦手だ」
「え?」

思わず先輩の手首を掴んだ。だってそれが、天羽を嫌ってるっていうよりも拗ねたような可愛い言い方だったから。
だけど言うつもりはなかったことらしくて、先輩は俺を見上げながらオロオロしはじめた。

「なんで?」
「ぼ、僕個人の感覚で、決してきみの友人を貶める意図はないから、あの……今のは忘れてくれないか」

なに、なんでそんな可愛い焦り方してんの?そんなことで俺が怒ると思ってるのかな。
理由を知りたい。先輩と天羽は全然接点ないのにそこまで言う理由を教えてほしい。今まで知ることがなかった先輩の負の感情がどういうものなのか、触れてみたい。
請うように見つめていたら、先輩は押し負けたのか小さく口を開いた。

「……僕は、天羽君に嫌われてるみたいだから……」
「は?嫌われてる?って、どーして?」
「それは、たぶんきみに――いや、僕が、きみと仲良くしてるのを、良く思われてないから……だと思う」

俺と仲良くしてて、どうして天羽が先輩を嫌うんだよ。マジ理解不能。
ああ、そういえばさっきあいつが言ってたっけ。「透くんとあの人は合わない」とかなんとか。そんなの天羽に口出されることじゃない。合うとか合わないとか、俺が決めることだ。

紘人先輩は『嫌いな人』がいないんじゃないかと思ってた。
好きっていうか『気に入ってる人』の他は総じて『興味がない』って感じに見えた。知らない人だから興味が持てない――そんな感じ。
先輩は「僕にも苦手な人はいる」って言ったけど、それが天羽だと思うと結構フクザツ。先輩にそんな風に思われること自体、実は貴重なんじゃないかな。
ていうかあいつは先輩にそう思われるほど何かしたの?あのふんわりした天羽からは全然想像つかないんだけど。

先輩の指に自分の指を絡ませて恋人繋ぎの形にすると、軽く息を呑む音が聞こえた。
少しずつ、こうして先輩に近づいていく。この人を驚かせないように、すぐに止められるように。
すると先輩からまた斜め上の発言が飛び出した。

「……僕は、わがままかな」
「へ?」
「僕は人前で親密な様子を見せるのが苦手なんだ。そのことに理解を示してくれるのはありがたいと思ってる。でもきみは、外で堂々とこうやって手を繋いだり……さ、さっき天羽君がしてたみたいに腕を絡ませたりとか、世間の恋人同士がするようなことをしたいか?」
「え、や、それはね……うーんと、したいなーって思うときはあるけど……」
「……そうか」
「あっ、さっきの天羽のは、アレ深い意味はないから。さむぅ〜い!とか言いながら冗談でじゃれついてきてただけ!俺、それに付き合う余裕なくて放っといたんだけど」

先輩が苦手に感じてる人のことだと思うと苦しい言い逃れをしてしまった。あのときは別になんとも思ってなかったけど、あれを見た先輩は面白くなかったのかもしれない。
ていうか、珍しくちょっとヤキモチっぽい拗ね方してない?
先輩も人前でイチャつくことに関して頑なに嫌がってたわけじゃなくて、そのことに何かしらの葛藤があったみたいだ。きっと俺がここで駄々をこねれば先輩は最大限の譲歩をしてくれるんだろうな。
でも違うんだよ、俺に合わせてほしいわけじゃない。そういうことじゃなくて、俺らの、俺たちらしい付き合い方を考えていきたいだけなんだよ。

「えっと、そーゆーのするだけが恋人ってわけじゃないでしょ。そんなのしない付き合い方してる人たちだっていっぱいいるしさ」
「…………」
「うん……あの、先輩怒ってるんだよね?俺が学校でチューしたり、ベタベタしたから」
「……怒ってるわけじゃない。ただ、透が何を思っているのか聞きたいだけだ」

俺が思ってること?それを聞いてどうするんだろ。
どう答えようかと言葉を探してたら、先輩がしゅんとうなだれ気味になった。

「僕は気が利く性格じゃないから……きみをいつもがっかりさせたり、苛立たせてるんじゃないかと思って……」
「えっ!?ないないそれは絶対ない!つか、怒らせてんのは俺でしょ。俺、あんま我慢とかできないガキだし、先輩のこと好きすぎて周り見えなくなっちゃうし」

早口でまくし立てると先輩がモジモジしはじめた。いやいや、なんでそこで照れるの。先輩の考えてることが全然読めない。
ほんと、この人ってどうしていつも自分に自信がなくて俺に迷惑かけてるって思うんだろ。そんなわけないじゃん。嫌われて当然のことばっかりしてるのは俺のほうでしょ。
なんか、プスンと気が抜けた。
ここ数日の俺のイライラが先輩にも伝わってたんだな。そのせいでこの人を悩ませてただなんて思いもしなかった。ちゃんと言えばよかった。俺って救いようのないバカだ。

「……ごめん、マジで」
「今日のことはもういいから、そんなに謝ることは――」
「ううん、そうじゃなくて。あのね、こういうのほんとは本人に聞かせるの良くないんだろうけど……俺、連休明けに変な噂聞いたんだよね」

紘人先輩と真田先輩のホモ疑惑の噂を、ちょっとマイルドな言い方で伝える。それを聞いた俺も不快で悔しい思いをしたことも併せて。
思ってた通り紘人先輩は初耳だったらしくてものすごく驚いてた。その噂の真相を先輩から聞かされたら、俺もすげー安心した。
ただ、真田先輩は危ないっていう俺の印象は言わないでおいた。そうすることであの人を意識されても困るしこれ以上先輩を悩ませたくないから。
俺が聞いたこと、感じてたこと、その上でしたことの説明を終えたあと、先輩の「何を言っていいかわからない」のひと言で対話が途切れた。

無言のまま色々なことを考えた。
先輩は、とにかく自分が悪いと思ってる。俺に気を遣って歩み寄りをみせてくれてる。それなら俺も、思ってることをここで正直に伝えなきゃダメだ。

「あのさ……俺、先輩のことワガママだなんて思ったことないよ」
「……そんなこと……」
「むしろ先輩って欲がないってのかな――クールっつーかドライ?もうちょっと色々ワガママ言ってほしいって思ってるくらいなんだけど」

文句みたいな言い方になっちゃったけど、本心だからしょうがない。
紘人先輩の綺麗な形の眉が歪んだ。

「僕は十分、きみに甘えてると思う」
「マジで?どのへんが?」

うわ……最悪。俺ってどうしてこんな言い方しかできないんだろ。
案の定、先輩は傷ついたように表情を曇らせた。分かりすぎるくらいに痛ましく悲しそうな顔。

「あー……や、こういうこと言う俺のがウザいって話だよね」

言い訳がましく付け加えてみたけど、白々しい響きになった。
俺は先輩にたくさん甘えたいし、先輩にも甘えてほしい。今のままじゃ友達以下の付き合いにしかなってない。
ここのところ毎日、真田先輩の部活が終わるのを待って一緒に帰ってたって聞くたびに苦しかった。それは俺がしてほしかったことだよ。ほんとにもう、どっちが彼氏だっつの。
会いたいし、いっぱいキスしたいし、エロいこともしたいし、理性と欲がせめぎ合ってぐちゃぐちゃだ。


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