18


水面下の睨み合いに気付いてないらしい紘人先輩は、控えめな様子で俺に話しかけてきた。

「……あの、透、どうしたんだ。こんなところで」
「先輩待ってた」
「だったら外にいないで、一声かけてくれてもよかっただろ」

普通ならそうするよ。だけどできなかったんだっていう説明もこんな場所ではしづらくて、ただ頷きながら鼻を啜った。
ポケットから手を出すと天羽がようやく俺から手を離した。さっきまで話してたことはすっかりどこかに飛んでいったけど、正直それどころじゃない。
真田先輩の傍にこれ以上紘人先輩を置いておくのはイヤだ。壁にもたれかかった体を起こして、紘人先輩を俺の隣に促した。

「行こ、紘人先輩」
「……ああ、えっと……あの……じゃあ、司狼。また学校で」
「あぁ。何かあったら俺に連絡しろよ、紘人」
「わかった」

やっぱり真田先輩も俺と同じものを感じたんだな。同類?恋敵?どっちでもいいけど。先輩に向けた言葉が同時に俺への牽制になってる。
だけど遅いよ。紘人先輩は俺の恋人だ。あんたにも、誰にも渡さない。

俺が歩くと紘人先輩も慌てて追いかけてきた。
反対側に天羽がぴったりと並んだけど、先輩は俺から距離を取って並んでる。ひと一人分くらいのスペースが開いてるのがもどかしい。
早く二人になりたい。外だから先輩は俺から離れてるだけなんだって確認したい。
天羽を駅まで送ったあと駐輪場から出した先輩の自転車を奪取する。すると先輩はハッとして、ようやく何かに気付いたみたいに俺を引き止めた。

「と、透!」
「なに?」
「ど……どこに行くつもりなんだ」
「先輩んちだけど。ダメ?」
「あ、いや……いいんだが……」

駅を振り返ったり俺をチラチラ見たり、視線を彷徨わせながらもごもごと曖昧な返事をする先輩。
そんなに俺に帰ってほしいの?

「……なんか俺に話あるんでしょ?メール見た」
「ああ、それか。でも、明日のつもりでいたから……」
「気になって一晩も待てない」
「そ、そうか。あの……部屋が散らかっていて居心地悪いかもしれないが、それでも良ければ……」

別に気にならないのに。てか、先輩んちが散らかってるのなんていつものことだし。
返事をする代わりに、自転車のハンドルをきつく握り締め先輩の家に向かって一歩踏み出した。

駅から歩くこと数十分――。
だいぶ通い慣れた先輩の自宅に到着すると、彼はさっさと玄関を上がってリビングの明かりをつけた。先輩の声がリビングから玄関に響いてくる。

「透、上がってくれ。部屋はすぐに温まると思う」
「……お邪魔します」

紘人先輩の自宅は、高校生が一人暮らしするには立派過ぎるマンションだ。築浅らしい綺麗な外観で、内装も落ち着いた高級感がある。
リビングのほかに最新設備のバス、トイレ、キッチンがあって、寝室もある。引き戸で仕切られてる寝室は、開け放してリビングと繋げ、一間にすることもできる親切設計。

先輩の実家はたぶん、ものすごく上流家庭なんじゃないかな。ていうかもう先輩自身が育ちの良さを体現してる。
仕草のひとつひとつが優雅で、みんなが先輩を王子って呼ぶ気持ちがすげー分かる。外見だけじゃなくて内面から滲み出る雰囲気がそう思わせるんだよな。
歩き方、食事の仕方も綺麗だし、むやみに他人を妬んだり僻んだりするような心の貧しさも見受けられない。いい家庭で育ったんだなぁって心底思う。

そっと玄関を上がってリビングに続く廊下を歩く。紘人先輩は俺から背を向けた状態でコートを脱いでいた。
人の目のない場所で先輩とようやく二人きり。そう思ったらもう、張り詰めてたものがぷっつり切れた。バッグを床に落として先輩にうしろから抱きつく。

「とっ、透?」
「さむい……寒いよ、先輩」

耳元に鼻先を埋めると、外の冷えた匂いと、髪の甘い香りがした。それだけでたまらない気持ちになる。
伯父さんのこととか、部活のこととか、真田先輩の噂とか、そういうものが同時期に全部重なったせいでずっとイライラしてたんだって改めて思った。
先輩がもぞもぞ動いて俺の腕から抜け出したから、正面を向かせて肩を掴んだ。
キスしたい――しようと思ったのに、体が瞬間的に固まる。昼休みに先輩から言われた「いやだ」のひと言を思い出して、動けなくなった。

「……話って、なに」
「え?あ、ああ。ええと、じゃあ何か、茶かコーヒーでも……」
「いらない。話して」
「そ、その前に聞かせてくれないか。きみ、一体いつから店の前で待ってたんだ?」

そこからか。どうしようかな、これ言ったら先輩に引かれるかも。
ちょっと迷ったけど打ち明けることにした。

「……先輩たちが店入ってから」
「それから、ずっと?」
「ヒイた?待ち伏せみたいなことされて」
「いや……。それならなおのこと、どうして声をかけてくれなかったんだ」
「真田先輩と一緒だったし……」

あの人の顔を思い出したら口の中が渋くなった気がした。そんな俺に紘人先輩がすかさず気遣いを見せる。

「せめて中に入ってればよかったのに。冷えただろ」
「別に、ヘーキだよ」
「それに、あの、天羽君も一緒にいたんだろう?彼だって寒空の下で大変だったんじゃ……」
「いーの。あいつは」
「いいってことは……」
「来るなっつったのに勝手に付いてきたんだし、それで寒くても風邪引いても自分の責任だから」

今日、天羽には他人に見せたくなかったものを色々と見られた。
ムカついて人に殴りかかろうとしたり、好きな人に振り回されてストーカーしてる姿とか。そのせいかどうしてもあいつに対して冷たい言い方しか出来なかった。


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