16


部室棟から校舎に移動して図書室に近づいたそのとき、目的の人物がちょうど中から出てきた。曲がり角の陰に隠れてその様子を見る。
やっぱり今日も紘人先輩は真田先輩と放課後を過ごすらしい。二人が並んでるところを見るのはこれで二度目だけど、不思議な空気が先輩たちの間に漂ってる感じがした。

こうして二人を目の前にしたら複雑な気持ちになった。
色々吹き込まれてたせいでちょっとだけ疑いはあった。でも紘人先輩も真田先輩も普通に話してるだけ。
いや、それにしても距離近すぎじゃね?半歩ずれたら腕が触れそうなくらい。紘人先輩、俺と歩くときあんなに近くないよな。
だけど変な雰囲気になってるわけでもないのに飛び出していって邪魔するのもおかしいし、声をかけるきっかけが掴めない。
このまま二人の用事が終わるまで待つしかないか……。

そう決めてから先輩たちのあとをつける。
噂で聞いてた通りに中庭あたりに落ち着くと思ったのに、今日は学校を出るらしく二人は昇降口のほうへと歩いて行った。
見失わないうちに急いで自分の靴に履き替えてる途中、急にうしろからバッグを引っぱられた。
驚いて大声を出しそうになったけどすんでのところで音を飲み込む。俺を引き止めたのは天羽だった。

「あ、天羽?すっげー驚いた……なに、いつからいたの?」
「驚かせてごめんね。透くん、もう帰ったと思ったのにまだ靴があったから待ってたんだ」
「あーそう。なんか用?悪いけど俺、今日話してるヒマない――」
「透くんと一緒に行っていい?」
「は?」

俺の言葉を遮っていつになくきっぱりと言い切る天羽に戸惑ってたら、先輩を見失いそうになって焦った。
ここからだと二年の下駄箱が見えにくい。部活が終わって下校する生徒がまだいるから人影に紛れちゃいそうだ。

「ごめん話なら明日聞く」
「透くん待って!」
「ついてくんな!」

こんなストーカーじみた姿を他人に見られるなんてイヤだ。だけど天羽は俺の腕にしがみついて引きとめようとするから、仕方なく天羽を腕にくっつけたまま引きずり歩くしかなかった。
校門から出た時点で先輩たちとの距離はかなり離れていた。外が暗いから本格的に見失いそうになったけど目を凝らして姿を追う。

二人は駅方面に歩いていった。電車に乗るわけじゃなくて紘人先輩の自転車を駐輪場に置いただけみたいだ。
どこに行くんだろ。先輩たちの行く先が予想できなくて二人の背中を慎重に追いかける。
そうして辿り着いた先はカフェだった。
カフェっていうより喫茶店かな。大人が一人で静かにコーヒーを飲むような、中高生はちょっと入りにくい雰囲気。そんな店に先輩たちが入っていく。
こんな店に俺と天羽が入って行って先輩と微妙な空気になったりするのはさすがに遠慮したい。

追いかけるのはここで一旦やめて、溜め息を吐いて入り口近くの壁に寄りかかった。
窓から店内が少しだけ見える。ちょうど先輩たちが座った席は窓際で、二人の様子が垣間見えた。
真田先輩の相向かいに座った紘人先輩は俺といるときよりも表情豊かだ。会話は聞こえなくても顔を見ればなんとなく分かる。驚いたり、呆れたり、少し照れたり――。
俺よりずっと付き合いの長い先輩たち。その過ごした時間が表情や態度に出てるんだ。

……何やってんだろ、俺。伝聞に踊らされてみっともなくヤキモチ妬いて、こんな風にコソコソ付け回るような真似して。
ビュッと突風が吹いて、寒さに首を竦めながらコートのポケットに手を突っ込んだ。
ずっと俺の腕を掴んでいた天羽は「さむぅ」とかつぶやきながら俺に縋りついてくる。そうされて左側だけ寒さが和らいだ。

「……で、お前はなんでついて来てんの?さっきの、立花先輩たちと部室に来てたのはなんだったわけ?」
「あ……うん、酒井先輩から『今日の部活終わったら残ってて』っていう伝言を、僕が部長と副部長に伝えるように言われてたの。それで、立花先輩が透くんと話してる間に酒井先輩を呼びに行って……」
「ああ、あのセッティングはお前が中継したわけね」

天羽は全体的に色素薄めで見た目が野郎臭くないせいか女子ウケも男ウケもいい。紘人先輩ほどじゃないけどハーフっぽい顔立ちで、瞳の色も緑がかってるし欧米系の血が入ってるのかもしれない。
加えて、天羽にお願いされたら二つ返事で頷いちゃうような、そんな庇護欲を煽る雰囲気がある。
もう一人のマネージャーの樋口先輩は気が強くて尖ってるとこあるから、そういう意味では天羽が伝言役に適任だったのかもしれない。
立花先輩は俺を水飲み場に呼び出したあと校舎に戻って行ったから、そっちで酒井先輩、天羽と合流して部室に来たのか。

紘人先輩を二年たちに侮辱されたせいでカッとして食ってかかったのを、部室の外で聞かれてたのかと思うと相当恥ずかしい。
かといってそのムカつきはまだ全然収まってない。自分じゃ制御できないくらいの熱が体の奥で燻ってる。寒いのに、冷たくならない。
天羽がいることでかろうじてブレーキが掛けられてるような状態だ。


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