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急いで部室に戻りバッグからスマホを取り出して、とにかく紘人先輩のメールに返事をしようと思った。
――いいよ、でも俺は今日話したい。いくらでも謝るから許して。先輩に会いたい――そう返信するつもりが、途中の『いいよ』だけで送信ボタンを押してしまった。
だって急にわざとらしい大声が部室中に響いたから。

「あ〜あ〜、受験生って結構ヒマなのな!」
「だな。毎日毎日さあ、引退したくせにまだ部員ヅラしてうっぜえよなぁ」

部室を見回すと、二年の新部長と副部長とヒラの先輩二人、その四人と俺だけだった。他のヤツらはもう帰ったらしい。
俺も早く着替えようと思ってジャージを脱いだ。先輩らの話は俺の背後で続けられていてイヤでも耳に入ってくるけど、聞こえないフリをした。

「つか立花先輩ってアレだろ、模試上位だったんだって?マジ余裕だよなぁ」
「おまけにこの時期にカノジョ作ったりして、マジメに受験勉強してるヤツがバカみてーだよな。超リア充」

立花先輩に彼女ができたって話はずいぶん前から聞いてたからドキッとした。
入学してから半端なくモテてたわりにずっとフリーで誰とも付き合わなかった彼が、文化祭後に女子と並んで歩くようになった。その相手は、二年でテニス部の西村先輩。
立花先輩は、彼女が恋人かと周囲に聞かれてすぐに頷いたらしい。西村先輩も同じ反応をしたみたいだ。
西村先輩――西村瑞葉先輩は、紘人先輩が好きだった人だ。

「つーかさぁ、西村って清楚なナリしてかなりのビッチだよな」
「それな。だってあの王子と付き合ってたんだろ?乗り換えとかよくやるよなぁ」
「ずっと付き合ってねーって言ってたって。だから王子をキープしといて天秤にかけて、立花先輩選んだってことだろ。ドロッドロの三角関係じゃん」

王子、それはつまり紘人先輩のことだ。あの二人はたしかに付き合ってそうな雰囲気だった。でも、そうじゃなかった。
なのに西村先輩が二人の男を手玉に取った悪女みたいな言われよう。こいつら一体、何の話してるんだよ。

「ていうか……」

着替えを終えてから俺の手が完全に止まってることに気付いた。聞いてないフリしてるつもりが、全然フリになってない。

「逆じゃねえの?王子のことが好きだったのに、その王子は実はホモでした!だから西村は泣く泣く身を引いて立花先輩んとこに逃げ込んだんだろー」
「あー真田な!あいつらキモいツルみ方してると思ったらガチなんだもんな。……なぁ秋葉!」

俺に向かって声を掛けられたからゆっくり振り向いた。二年連中は、ニヤニヤ気持ち悪い笑いを浮かべながら俺を見てる。

「……なんすか」
「お前、王子と仲いいんだろ?文化祭んときもアイツお前に会いに来てたもんな」
「やっべ、それって秋葉狙われてんじゃね!?」
「ギャハハありそう!おい秋葉ぁーケツに気をつけろよ!あっ、それとももうお前もホモに感染しちゃった?」

本当に、頭に来ると目の前がまっ赤になるもんなんだな。冷静にそう思うのに、俺の手は考える間もなく部長の胸倉を掴んでた。

「何してんだよ、テメー」
「……あんたら何なんですか。何が言いたいんだよ」
「べっつに?つーかなにキレてんの?ウケる」
「俺が気に入らないなら直接そう言えって言ってんだよ!」

俺を不快にさせるためだけに、紘人先輩を貶めるな。立花先輩も、西村先輩も……真田先輩も。お前らがあの人たちの何を知ってるっていうんだよ。
先輩たちに何があったのかなんて分からない。紘人先輩と西村先輩にどんなことがあって今の状態になってるのか、俺は詳しく聞いたことがない。聞けるわけがない。
だけどあの二人にはひとつの世界がたしかに出来上がってた。一度見ただけで分かるくらいに。それを壊したのは俺だ。
西村先輩からあの人を奪ったのは、俺だ。

「……バスケ部のアイドルだのファンクラブだの騒がれてチョーシこいてんじゃねーぞ、秋葉」
「それが本音かよ」

知ってたよ、二年の先輩らが一番気に入らないのは俺だってことは。
髪染めたりピアスしたり、見た目とか色々ハデにしてるし女子ウケしてる自覚はある。バスケだって先輩を差し置いてほぼスタメン入りしてて、これで反感を買うなっていうのも無理な話だ。
俺は俺で好きなことを後悔なくやってるつもりだけど、それが必ずしも万人に好意的に見られるわけじゃない。だからって表舞台に立てるチャンスを譲る気もない。
それを、代替わりした途端にチーム全員巻き込んで嫌がらせするなんて、こいつらマジで性根が腐ってる。

「やり方がムカつくんだよお前ら」
「おい秋葉、先輩に敬語使え!んだよその態度はよ!」

副部長に肩を掴まれたけど引かなかった。部長の胸倉を感情のまま締め上げる。

「っ、ぅ……テメ、はな、せよ」
「俺は不満なんかないし部長のあんたに従うつもりでいたよ。なのにそのあんたがチーム引っ掻き回してんじゃねーよ!三年がいなくなったらまた同じことするつもりなの見え見えなんだよ!」
「後輩のくせにでかい顔してるお前が悪いんだろうが!出しゃばんじゃねえよ!」
「モデル様は汗クセー部活なんてさっさとやめて女とチャラついてろよ!目障りなんだよ!」

二人がかりで部長から引き剥がされて、今度は俺が先輩に胸倉を締め上げられる。
咄嗟に握り込んだ拳が熱くて、この熱をどうにか開放したかった。なのに――。

「――はい、そこまで」

俺らとは違う声が、いきなり場に混じった。
全員がドアのほうへ顔を向ける。そこには、立花先輩、前副部長、そして天羽がいた。熱気の篭った部室はドアが開いたことで空気が抜けたみたいに急速に冷えていく。
前副部長の酒井先輩が俺と二年連中の間に入る。

「お前ら熱くなりすぎ。ていうかね、俺は部長、副部長だけって言っておいたのに、なーんか人多いんじゃない?」
「え?」

酒井先輩の言葉の意味が分からなくてぽかんとしてる俺を置き去りに、二年はそれぞれ決まり悪そうに視線を彷徨わせた。
部長と副部長を残して、二人の先輩は「っした!」と短い挨拶をして部室から転がり出るように走り去った。

「てなわけで透、お前も帰っていいから」
「え、あ……えっと……どういうことっすか?」
「俺はこいつらとサシで話したくて部活後残ってろって言っといたわけ。あぁ、あとで富井先生も来るからな。立花だけだとどうにも言葉が少なすぎて」

穏やかな話し方だけど酒井先輩は190オーバーの鋭い目つきをした人だ。前に立たれるだけでやたら威圧感がある。繊細でうまいシュート打つ人だけど。

「俺らが一年のときも同じようなことがあったんだよなぁ。だから放っておけなくてさ」
「…………」
「出る杭は打たれる、若い芽は摘まれる……悪習だね」

酒井先輩に早く帰れと手で追い払われ、バッグを肩にかけて部室を出た。
このあとどんな話し合いがなされるのかは知らない。どうせ明日も部活はあるし、そのときに何か分かるんだろう。

結局先輩へメールの続きは打てなかったから直接あの人を捕まえようと思った。今日も図書室で真田先輩を待ってるなら。


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