12


家に帰ったあと、ベッドに寝転んでスマホの画面をぼんやりと見つめた。文化祭のときに撮った紘人先輩とのツーショット。
それを見てたら、いてもたってもいられなくなって起き上がった。

やっぱりダメだ、先輩に会いたい。そもそも同じ学校なのに会えないっておかしくね?
教室が離れてるから偶然廊下で鉢合わせることはないけど、休み時間にちょっと会いに行くくらいほんとは簡単なこと。口実がないなら作ればいいんだよ。
確実な手段として、俺のお手製弁当であの人を釣ってみよう。
今週は月曜が休みだったからあの人に食べさせられなかった。でも月曜じゃなきゃいけないなんて決まりはないし。
そう決意したら、モヤモヤとした気分がだいぶ晴れた。
いま電話したところで満たされないほど俺は飢えてる。だからもう絶対あの人のところに突撃するって決めた。


翌日、朝は宿題が終わらなかったり授業が長引いたりでタイミングを逃しまくりだったから、三時間目終了の鐘が鳴ったらすぐに教室を飛び出した。
先輩のクラスをのぞいたらハセ先輩がいち早く俺に気付いてくれた。
ハセ先輩は逆立てたベリショの黒髪とこけた頬をした、いかにもパンクな見た目なのにビジュアルバンドをやってる人だ。いつもアクセしてないから分かんないけど、ピアスホールいくつ開いてるんだろ。

「どした透。まっつん?」
「うんそう。います?」
「あー……あー、いないな。たぶん便所かなんかっしょ。帰ってくるまで待ってれば?」
「や、いいっす。探しに行きます」
「すれ違いになったらお前のことまっつんに言っとくよ」

さりげなく気を回してくれた先輩に「お願いします」と軽く頭を下げた。
文化祭の縁で仲良くなったハセ先輩はマジで頼りになる。男同士のコイバナも真剣に聞いてくれる人ではあるけれど、紘人先輩に俺とハセ先輩の繋がりをバラしてからはなんとなく相談しにくかった。
そのせいかハセ先輩が何か聞きたそうな顔をしてたから、聞かれる前に俺から言い切った。

「俺ら、すげーラブラブなんで」
「そっか」

例の噂が耳に入ったことでハセ先輩も半信半疑だったらしい。紘人先輩と同じクラスなだけに何か感じることがあったのかも。
時間が惜しいから早足で近くのトイレへと向かった。ハセ先輩の言ってたとおり、紘人先輩がちょうど出てきたところだった。
少し俯きがちに目線を下げて歩くのはあの人の癖なのかな。そうしていても姿勢はきれいだし見惚れずにはいられないんだけど。

……って、おーい先輩!?なんで通り過ぎちゃってんの!?

俺の存在に気付かないまま、紘人先輩は浮かない顔して溜め息を吐き出しながら歩いている。
あれ、どうしたんだろ。何か嫌なことでもあったのかな。先輩があんなにも分かりやすく肩を落としてるのって珍しい。元気いっぱいって柄じゃない人だけどそれにしても様子が変だ。
本当に俺のことは目の端にも映らなかったみたいで、そのまま歩き去ろうとする先輩を背後から捕まえた。

「せーんーぱい!」

その細い肩を抱き寄せると、先輩の体温や香りが直に伝わってきて胸が締め付けられた。あー紘人先輩だーってしみじみ実感する。
先輩はちょっとびっくりしたように「透?」って言いながら俺の顔を見上げ、表情を緩めた。
少なくとも先輩は俺と会いたくなかったなんてことはなさそうでホッとした。

「どーしたの?暗い顔しちゃって」
「あ、いや……そんな顔してたか?」
「うん、すっげーおっもーい溜め息ついちゃってヤバそうだったよ」

そう言ったとき、傍を通りかかった人がこっちをチラチラ見てることに気付いた。
四時間目のチャイムまでそんなに時間がないから人の行き交いが多い。
慌てて先輩の肩から手を外そうとしたのに、思いとは裏腹に俺の体はそうしなかった。むしろ密着した手は離れがたく、このまま噂になってもいいとさえ思った。
そうだ、真田先輩とホモ疑惑をかけられるくらいならいっそ俺がそうなればいいんじゃね?別に間違ってないんだし、そのほうが俺的にはよっぽどストレスが少ない。
このままこうしてたら周りが勝手に真田先輩と紘人先輩の噂を上塗りしてくれるかもしれない。そういう打算ありきで先輩の肩を抱く手に力を込めた。

「つか今週全然会ってなかったし、俺、寂しかったんだけど?」
「すまないな。ちょっと色々とあって……」

色々、ね。それが真田先輩絡みなのかもしれないと思うと嫉妬で腹の奥が熱くなった。
だって二年になってからはクラスが変わったせいであんまり会ったりしないって言ってたのに、先週末から急にベッタリだって話じゃん。
面白くないと思いつつも先輩の栗色の髪を指で梳いた。そうしたら先輩の瞳が細くなって、撫でられるのが気持ちいいって言わんばかりの恋人顔を覗かせた。
でもそのくすぐったそうな表情はすぐに引き締められ、俺から距離を取ろうとした。もちろん逃がさないけど。

「……あの、透」
「なーに」
「放してくれないか……」
「なんでー?」

わざととぼけながら愛撫するような動きで先輩の背中を撫でた。俺としたエロいことを思い出させるように、紘人先輩の本当の恋人は俺だって周囲に知らしめるように。
だけどさすがに先輩の表情が渋くなった。
ヤバい、やりすぎた。うわ、うわっ……超怒ってる……!

「透、いい加減に――!」
「ごめん、先輩」

本格的な雷が落ちる前に、慌てて両手を挙げながら謝った。
さすが先輩、あとを引かずに一つ深呼吸をしてそれ以上は声を荒げたりしなかった。しかも俺から誘う前に「今日の昼休みは行く」って言ってくれた。
だけど腹に据えかねるものはあるみたいで、さっき見せてくれた微笑みはすっかり消えた。そのうえむっつり押し黙っちゃうし。

「先輩、怒った……?」
「……いや。じゃあまた、あとで」

それだけ言って先輩はさっさと教室に戻って行った。そのうしろ姿をじっと見送る。
絶対怒ってるのに怒ってないって言う先輩。それとも先輩だから後輩に対して分別良く冷静に振る舞ってるだけ?
そういえば、先輩のために弁当を作ってきたって言うのを忘れてた。
とにかく昼休みになったらもっとゆっくり話そう。
先輩のいなくなった上級生ばかりの廊下は妙に居心地悪く感じた。今までそんなこと考えもしなかったのに。


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