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彼女はしばらく俯いて黙り込み、震える声を出した。

「そ……それって、誰ですか?」
「もしかして体のいい断り文句だと思ってる?」

肯定も否定もしなかったけど彼女は「そうだ」って言いたそうだった。
ああ、これって本気の告白だ。ちょっと気になってただけみたいな言い方をしたのは、軽そうな俺に合わせた台詞だったらしい。

「嘘じゃないよ。いるの、死ぬほど好きな人が」
「か、片思い……なの?」
「……付き合ってるよ。秘密だけどね」

ぽろりと口を衝いて出た言葉だった。
紘人先輩のことで嘘吐きたくないから、彼女いないし今はいらないって周りにはずっとぼかしてたのに。

「誰なのか、お、教えてもらえませんか?」
「今の答えじゃ納得できない?」
「…………」
「困ったなぁ」

汗に濡れた髪をかき上げながら笑う。浮かんだのは苦笑いだった。

「せめて、どんな人か知りたいんです……」
「……そうだなぁ……。いつも傍にいたいって思わせてくれる人、かな」

ずるい言い方だと思う。性格や外見的な問題じゃない。俺の気持ちを動かし揺さぶる人、主観的で曖昧な答え。
もちろん好きなところはたくさんある。美人なところも頑固な誠実さも、素直に尊敬できるところも好きだ。
だけど俺と同じ男。それを乗り越えてまであの人を欲しいと思った理由は何だろう。

「……もういい?汗引いてさすがに寒くなってきちゃった」
「ご、ごめんなさい。あの、ありがとう秋葉君……」

そう言った彼女の表情は硬かった。怒りでも悲しみでもなく、想いを吐き出してすっきりした顔でもなく――。
彼女は鏡だ。俺もきっと同じ顔をしている。

ぎこちなく頭を下げた彼女は、俺の前から去っていった。
夏休みに色んな女の子とデートしてたせいで浮気性のチャラ男っていうレッテル貼りされてたから、こういうマジな感じの告白なんて久しぶりだった。色々失敗したな。
急に寒さを感じて、体を縮こまらせながら体育館に戻るために足を踏み出した。だけど建物の角を曲がったところで人とぶつかった。

「ひゃっ!」
「っと、ごめん大丈夫?……ってあれ、天羽?」

俺がぶつかったのは天羽だった。
暗がりで見え難いけど、天然の薄茶色の髪と見慣れたジャージは間違えようがない。

「なに、どしたの?」
「あ、透くんが遅かったから……」
「ウッソそんなに時間経ってた?ごめん、部室閉めなきゃだよね」
「まだ大丈夫!吉住くんたちが先に帰るって言ってたから伝えに来ただけっ」
「そっか、わざわざありがと」

俺もさっさと着替えようと思って動いたら、それを止めるように天羽に腕を引っ張られた。

「……なに?」
「今の子なんだけど……」
「ん?もしかして話聞こえた?いやーん透くんモテモテで困っちゃうわぁ」

さっきまでのことを悟らせないよう笑い飛ばした俺に反して、天羽は笑わなかった。両手で俺の腕をぎゅっと握り込む。

「さっき高木くんが言ってたんだけど、クラスで透くんのスナップを見せてから結構話が広まって、ああいう感じの子が増えたんだって」
「……ああいう感じのって?」
「透くんが読モって知って、カッコイイ有名人と付き合いたい!みたいな……。昨日、見学に来て騒いでた女の子たちもそれだよ。いま来た子も。なんかなりふり構わない感じで迷惑だよね」

天羽は俺が読者モデルじゃないのを承知の上で、そんな言い方をした。言葉に棘があるからちょっと怒ってるらしい。
どんなに小さくても雑誌メディアに載れば周囲のそういう反応は予想できる。載った俺自身も嬉しいし、他人に自慢したい気持ちだってある。

「――天羽」
「なに?」
「みんながそうってわけじゃないでしょ。あんまそんな風に決め付けるのって良くないんじゃね」

俺が軽くたしなめると天羽は唇を引き結んだ。

「それにそんなの一時的なもんだし。みんなすぐ忘れるよ」
「でも……うん、そうだよね。ごめん。悪い言い方しちゃった。あっでも、すぐ忘れたりしないよ!透くんすごいカッコイイもん!ほんとのモデルになれるよ!」
「はは、そうなったらいいねー」

雑誌モデルかぁ。そんな華やかなことなかなかできない経験だし、なれるものならなってみたい。
プロのカメラマンに撮られたとき、すげーワクワクした。自分が自分じゃなくなるような不思議な感覚。またあれを体験できたら――。

「とっ、透くん……あの……」
「なに?」

ぼんやりと夢想に浸ってたら天羽にまた腕を引っ張られて現実に戻った。

「つっ……付き合ってる人、いる、んだ……?」
「あー、その話?いるよ。でも他の人には内緒ね。勇大あたりに喋るとすーぐ拡散されちゃうから」
「な、なんで隠してるの?」
「……なんでだろーね」

下手な笑顔でごまかした。薄暗い感情が胸の中を覆ったから。
だって言いたくても言えないんだよ。俺は紘人先輩と付き合ってるんだって。
それなのに横から掻っ攫うようにして真田先輩と噂になってるだなんて、本当は悔しくてたまらない。

あの人の彼氏は俺なのに、どうして本当のことを言えないんだろう。
俺は紘人先輩の唇の感触を知ってる。
あの人の匂いや、味、肌の手触り、上ずった色っぽい声――恋人の顔をした先輩を五感全部で知ってるのに。

キスはもう何日してないかな。校内では手を握るのが精一杯で抱き合うことも叶わない。
このまま先輩の感触を忘れちゃいそうだよ。


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