僕と彼のディスタンス(透視点)


「――今までの練習の見直しをしっかりやるように。それと、コートは『使わせてもらっている』ということを忘れるな。以上」
「はいっ!!」

立花先輩の有無を言わせぬ言葉に、男子バスケ部全員が揃って返事をした。正しくは一、二年が。
たいして広くない部室に一年から三年の部員が集まっている。でも、一、二年が三年生の先輩方の前に整列させられてるという緊張感ある光景だ。
前部長の立花先輩が喋り終えると、今度は副部長が「俺らもまた時々様子見に来るから」と付け足した。
二年部員は顔を逸らしたりぶすっとした表情をしていて何も言わない。
そのまま変な間が空いて微妙な空気になったから、むずむずして耐えられなくなった俺は一歩前に出た。

「先輩、今日は俺たちのために、わざわざありがとうございました」
「っした!」

俺が言うと、続いて一年が声を揃えながら礼を言って頭を下げた。二年メンバーもなんとなく頭を下げるポーズの出来損ないみたいなことをパラパラとする。
こういうのって本当は部長がやんなきゃいけないんじゃないの?なのに二年の新部長も新副部長も黙ったまま。むしろ俺を睨んできた。うわ、ありえねえ。
だけれど俺の一言が締めの合図になって、三年部員はぞろぞろと部室を出て行った。もう引退した先輩たちをこんなことで煩わせて、マジでしょうもない。
ことの発端となった二年連中も、俺ら一年も。

結局この日の部活は潰れ、気持ちの悪い空気が漂うなか解散になった。
十一月半ばの、金曜の放課後。来週は祝日込みの三連休ってことで休日の部活は休みだけど、代わりに明日も明後日も午前練習がある。
このまま何事もなく部活続けられればいいけど――。


学校を出た俺は、吉住、勇大と一緒に腹ごしらえしにファストフード店に入った。だけど今日はランニングとフットワークだけだったから、いつもみたいに腹は減ってない。それは二人も同じらしい。
ハンバーガーを二口で飲み込んだ吉住がでっかい溜め息を吐く。

「マジさあ、せめてトミーがもーちょっとビシッと言えりゃいいのにな」
「あーね」

吉住の愚痴に対して上の空で頷いた。炭酸ジュースを飲み終えたカップの中をストローで掻き回し、残った氷をザクザクと潰す。
トミー――富井先生はバスケ部の顧問だ。学生時代バスケをやってたらしいから顧問になったって話だけど、スポーツマンなわりにここぞってときに腰が引けちゃうという、ちょっと見掛け倒しなタイプだ。
そもそもうちの学校は進学校だから部活動にそれほど力を入れてない。
本気で全国目指してるわけじゃないけど、大会で勝ち進められたら嬉しいし、一年メンバーは気が合うヤツらばっかりだから一緒にプレーしててめちゃめちゃ楽しい。
練習メニューだってものすごくハードってことはなくごく普通の量だと思う。なのに文化祭後、突然二年生が好き勝手しだした。

まあ振り返ってみれば俺たち一年の態度もいけなかったと思う。
前部長だった立花先輩はすごい人で、代替わりしたあとも『部長』って呼ぶ癖が抜けないくらい頼りきってた。
俺も個人的に立花先輩のプレースタイルは好きで、すごく勉強になったし尊敬してる。俺とは真逆だけどその分コートでは安心感があった。
立花先輩がゴール下でどっしり張っててくれるからみんな自由に動けたっていう感じではいたけど、別にワンマンチームでもなかったはずだ。けれど、メンバーを纏め上げていた絶対的中心を欠いたのは大きかった。

三年が受験本腰で部室にも顔出さなくなった途端、二年が練習メニューを勝手に変えたりしてあからさまに手を抜きはじめた。
ランニングをテキトーにやったあと、シュート、2メン3メンとかの練習すっとばして、すぐに二年連中だけで紅白試合始めちゃったり。それもハーフコートでボール遊び感覚。
二年がコート占領するもんだから、一年はコート外とかグラウンドで基礎練するしかなかった。
おまけに練習後のボールの片付けやモップがけは部員全員でやるのが決まりなのに、それも一年に全部押し付ける横暴ぶり。
とにかく新部長が王様で、それに続く二年メンバーはバスケ部を自分の好きなように操ろうとしてた。

先輩らがダラダラやってたって注意するのは俺の役目じゃない。先輩には従うっていう体育会系気質が染み付いてるところあるし、別に熱血キャラでもないし。
だけど叱る立場の顧問のトミーはそういうのを見て見ぬ振りしてた。
注意して反抗されるのが面倒らしくて、余計な仕事増やしたくないから部員だけで解決してくれよって言いたいのが丸分かり。
監督がいるような学校だったらよかったけどそんな強豪校じゃないから仕方ない。

そんなことが続いたら一年から不満が出てくるのは当たり前。
この半年の間でなんとなく俺が一年の代表っぽくなってたから、状況を見兼ねて「先輩たちそのやり方はちょっとどーなんすか」って感じに言ったわけだ。俺も内心ムカついてたけど、できるだけ穏便に。
そうしたらあっという間に一年と二年の間に亀裂が入った。

経験者の多い今の一年は、俺もそうだけど、他校との練習試合でいきなりスタメン入りしてた。それでちゃんと結果も出してたから、たぶん二年はそれが面白くなかったんだと思う。
でもそのメンバー組みをしたのはトミーだから従ってただけだ。ところがトミーも立花先輩から助言もらいながらだったせいで、彼がいなくなったらあっさりと二年部長に丸投げ。
二年対一年。顧問は我関せず。そんなふうになっちゃったら練習なんてグダグダ。一年完全排除でスタメン総入れ替えするとかなんとか大騒ぎ。
それでやっていけるならいいよ?だけど明らかに一年に理不尽を強いるのが目的だったから、さすがの俺もイライラが頂点に達して、二年とガチで対立した。

しかし、頼りにならない顧問のかわりに二年の女子マネが三年に連絡してくれて、今日ついに仲介役として先輩方が話し合いに来た。
完全にぶっ壊れる前だったのは良かったけど――本当はこういうの、現メンバーだけで解決しなきゃいけない問題なのに。
三年の介入で諍いが一応収まったわけだから二年はしばらく大人しくしてるんじゃないかと思う。思いたい。
俺は単純に体動かすのが好きだからバスケやってるし、こういう険悪ないざこざは正直苦手だ。そのせいで俺の彼氏との時間も減っちゃってるから。

「……ヤりたい……」
「は?何?透、いま何か言ったか?」
「んーん、別に」

つい心の声が漏れちゃうくらい、俺は深刻な紘人先輩不足だった。


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