20


今度こそ本当に僕の中からペニスが抜けてゆく。それを寂しく思ってしまうくらい、身も心も透の虜になっていた。
使用済みのスキンをはずしてティッシュに包んで捨てた透が、僕の隣に横たわった。そうすると二人して自然と向き合う体勢に落ち着いたので、同時に笑みが零れた。
感極まった末の恍惚の余韻はしばらく続いた。全身が敏感になっていて、透に涙を掬われたことすら愛撫をされたかのように感じた。
眦に触れる指を取ってできるだけ強く握る。僕はマイナスの感情で泣いたわけじゃないんだと、透への慕わしい気持ちを込めて。
独りよがりな仕草だったけれど彼にはちゃんと伝わったらしい。その証拠に照れくさそうな表情が視界に映った。

「俺、がっつきすぎだよね。マジ恥ずかしー……」
「ぼ……僕だって、散々恥ずかしいところを見せたんだ。おあいこだろ」

行為に夢中になっていたのは僕も同じだ。それに相手が透だからこそ、より耽溺が深かったのだろう。
未だ動悸は激しく、心臓が暴れているかのように速い。
透の上気した頬に手を当てた。彼の肌はしっとりと汗ばんでいて男特有の匂いがした。それがどうしようもなく愛おしい。
お互いに髪を撫でたり軽く口付けたりしながら、呼吸をゆっくりと整える。部屋はすっかり温まっていて、むしろ暖房の熱が煩わしく感じるほどだった。

「――ねぇ、俺もワガママ言いたいんだけど聞いてくれる?」
「な、なんだ」
「今日、このまま泊まってもいい?」
「え?」
「もう今日は紘人と離れんのヤダ。無理」

駄々をこねる子供のような言い方なのに全く憎めない。彼の愛嬌は生来のものなんだろう、そんな気がした。

「僕は構わないが、きみのご両親がどう言うか……」
「大丈夫だと思うけど……うーん、今から電話して聞いてみる」

ティッシュやタオルでセックスの後処理をして下着だけ身に付けた透は、リビングに戻っていった。
彼が通学鞄として使っているスポーツバッグはそっちに置きっぱなしだったから、スマホを取りに行ったんだろう。
その間に、僕も自分に付着したローションや精液を拭って、見た目だけでも綺麗にした。透が言ったようにたしかにローションまみれの惨状だ。

ついさっきのことで様々なことが生々しく感じる。体のいたる箇所が今更痛くなってきた。そして自分の醜態を思い出して顔から火が出そうになった。
前から薄々感じていたことだが、透は結構強引なところがある。ああいうのをいわゆる肉食系というのだろうか。でも普段は軽やかでそんなふうには見えないから、その単語は適切じゃない気がする。
ティッシュをごみ箱に投げ入れながら考え込んでいたら、リビングに続く引き戸が開いた。

「おまたせー、聞いてきたよ!」
「あっ、も、もう?」
「うん。松浦先輩んちだって言ったら即オッケーだった。あとでまた親に掛け直すから、電話出てくれる?」
「ん?今しがたの電話で代わればよかったんじゃないか?」
「だめだよ。今の紘人、えっちな声してるから聞かせたくないし」

それは一体どういう声だ。でも、行為直後だと思うと僕も後ろめたい気持ちはあるし、時間を置いたほうがいいのかもしれない。
しかしこれで今日一晩、透と一緒にいられることは決定だ。だらしなく頬が緩むと透も同じようにニコニコしていた。

「明日は午前中部活あるけど、終わったらまたここに戻ってきていい?」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
「やった!じゃあ明日は改めてデートしない?」
「さっき言ってた映画か?」
「そうそう。たしか午後は昼過ぎと夜に上映あった気がする。公開したてだから回数多いし、フラッと行っても大丈夫なはずだよ。ただ――」

一度言葉を切って、透は僕の唇に軽くキスをした。

「映画のデメリットって、喋ったりできないうちに時間がムダに過ぎてっちゃうとこだよねー……」
「同じものを一緒に観たっていう共通の話題ができるじゃないか。そう思えば悪くない」

映画内容の感想を言い合ったり、透が好きだという俳優の演技を堪能することを考えれば、僕は無駄だとは思わない。
そう言うと、透は嬉しそうに表情を綻ばせた。

「あーじゃあ、今夜はDVDレンタルしてきて観ない?そうすればお喋りもイチャイチャもできるし、共通の話題もできるし」
「それはいいな。きみのお勧めを教えてほしい」
「オススメもいーけど、無理に俺に合わせることないから。色んなジャンル見てみようよ」

映画鑑賞という新しい趣味が出来るかもしれないと思えば気分が高揚した。

「それと、もいっこワガママ」
「ああ、言ってくれ」
「毎日じゃなくていいから、放課後一緒に帰ろ。紘人っていつもさっさと家に帰っちゃってるから、部活終わるの待っててなんて言い出せなかったんだけど……」

それは僕も密かに熱望していたことだ。同意の意を込めて何度か頷いた。
帰らなければならない用事があったわけでもなく、ただの習慣のつもりだったのだが、彼は気を遣ってくれてたのか。

「言ったろ、待つことくらい構わないって。僕はきみを独り占めしたいんだから、そのための労力は惜しまないつもりだ」

不思議なことに言いたかったことがすらすらと出てくる。すると透がこれでもかというほど驚いた顔をした。

「なにこれヤッバい……紘人さん超イケメン。俺いまスゲー女子の気持ちだわ……」

頬を染めながら妙なことを口走るので、つい噴き出してしまった。
僕はお世辞にも器用とはいえないし、同性同士ゆえに付いて回るしがらみもある。けれどこうして、大好きな彼と少しずつでも距離を縮めていけたらいいと思う。
学年の違いやそれぞれの交友関係――他にもたくさんのことが僕たちの間に隔たりを作る。それをもどかしく思うときもあるが、だからこそより良い関係を築いていきたい。


――結局その日の夜は、DVDを観ながら気持ちが盛り上がってしまい、もう一度繋がり合ったのだった。
行為後に司狼から『秋葉とかいう後輩に襲われないようにな』という冗談にしては皮肉めいたメールが届いて、どう返答しようかと一晩悩んでしまった。



end.


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