15
部活あとで汗臭いからシャワーを浴びたいと透が言うので、別々に浴室に入った。先に透に入ってもらい、次に僕が。
シャワー後の透はTシャツと下着姿で、そのラフで無防備な姿にどきりとした。モノトーン迷彩柄のボクサーパンツに視線が吸い寄せられる。彼は下着までお洒落だ。
「ごめんね先に。ありがと」
「あ、ああ」
ついつい凝視してしまったのが恥ずかしくなってそそくさとバスルームに逃げる。
ただ汗を流すだけじゃなくてこれからすることを思えば、体の洗い方ひとつとってもやたらと緊張した。
けれど不安とか恐れのようなものは不思議と感じない。未体験のことならば、やってみないことには良いも悪いもないと思うから。
僕が浴室を出ると、透はさっきの格好のままリビングでくつろいでいた。部屋はすっかり暖かくなっているが、その薄着では風邪を引いてしまわないかと心配になる。
むしろこのあとすぐに脱ぐことを考えればそのほうが効率的なのだろうか。何も考えずもう一度制服を着てしまったけれど、段取りが悪くなってしまうかもしれない。
こういうささいなところに経験の差を思い知らされる。
「透、ま、待たせた……か?」
「大丈夫だよ。てか先輩ちょっと、こっち来て」
「え?」
脱衣所に戻ってもう一度脱いでこようかと考えていたら、透にひらひらと手招きされた。
ふと見るとテーブルの上に見覚えのあるビニール袋が乗っていた。それは透と一緒に買ったスキンとローションの入った袋だ。
そういえば、そのへんの棚に置きっぱなしだった。殺風景な部屋の中では目立つ明るい黄色と赤の袋だから、気付いた透がここに持ってきたんだろう。
それにしても彼のニヤニヤ笑いが気になった。訝しみながらも傍に寄ると、目の前に一冊の本が掲げられた。
「ねー先輩、これなあに?」
「……あっ!」
それは雑誌だった。僕がひそかに買ってきた、透のスナップ写真の載っているあのファッション雑誌だ。
かあっと顔中が熱くなる。毎日のように読んでいたから最近は本棚にしまうこともせず、リビングに出したままでいたのだった。
うっかりしてた。すぐ手に取れる場所に置いておいたせいで、僕の秘密がこんな簡単に見つかってしまうなんて……。
「え、えっと……それは……」
「これってさぁ、俺のスナップが載ってる号だよね?」
「あ、その、そう……」
「んー?なんで先輩んちにあるの?」
「か、返してくれ」
いたたまれなくて雑誌を取り返そうとしたら、軽々とかわされた。
「ねえ、なんでー?」
「なんでもいいから」
逃げていった雑誌を追うとまたかわされた。
日々バスケットボールの速球を相手にしている透の反射能力に適うわけがないと分かっていながらも、逃げるそれを必死で追う。
透は楽しそうに笑いながら意地悪をする。僕の鈍さを笑われている気がしてだんだんと意地になってきた。
「もう、いいから返してくれ!」
「先輩いつもこういうの読むの?誰かに借りたの?」
「どっ……どうでもいいだろ、そんなこと」
「――良くないよ」
「わっ……!」
不意に低い声を出した透は、雑誌を追う僕の腕を引っ張った。急に強い力で引かれたせいでバランスを崩して彼の上に倒れ込んでしまった。
思いきり体重をかけてしまったので慌ててどこうとしたが、透に片腕でがっちりと体を抱き込まれてそれは叶わなかった。
「と、透……」
「ねえ先輩。これ、俺が載ってるからなの?」
「う……」
「答えて」
透がじっと僕を見つめ、返答を待っている。そんなにも真剣なまなざしで問われては誤魔化しがきかない。
「そ、そうだ……。きみの写真が、すごく格好良かったから……ほ、欲しくなって本屋で買ってきて……」
「それで家で見てたの?これ」
こくりと頷く。ただ見るだけではなくもっと恥ずかしいことをしたとは言えないが、それを思うと羞恥心が燃え上がった。
透は大げさな溜め息とともにフローリングに寝転がった。ごつんと彼の後頭部が床にぶつかる音がする。僕は腰を抱かれたままだったので、つられて透の上に折り重なるはめになった。
「ほんと先輩、なんなの……」
「す、すまない。こういうことをされたら鬱陶しいだろうと思って、黙ってたんだが……」
「そうじゃないって。逆、逆。先輩が可愛いことするから、嬉しくて死にそう」
僕のこの行動のどこをどうしたら可愛いという言葉が出てくるかは分からないが、とりあえず透は気味悪がってはいないようなので安心した。
「全然、こういうのに興味なさそうだったから不意打ちっつーか……」
「す……好きな人の写真がほしいと思うのは当然だろう」
しどろもどろに言い訳すると、彼は雑誌を床にバサリと置いて両腕で僕を抱き留めた。その腕に力がこもる。
「ねえ……もう一回言って」
「え?な、何を?」
「好きな人って――先輩、俺のこと……好き?」
そっと囁かれた色気のある声音に背筋がぞくぞくと震える。
惹き寄せられるように自然と顔が近づくと鼓動はいっそう速くなった。あと、数センチで唇が触れる。
「す……きだ」
「もいっかい、言って」
「好きだ……透」
「何回でも言って。言ってほしいよ。そうじゃないと、俺――」
俺、のあとの言葉は重ねた唇の合間に萎んで消えた。
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