14


しばらく互いに黙り込んだ。無言でいると微かに響くエアコンの空調音が耳障りで仕方がない。
しかしやがて、透の静かな声がからからになった空気を震わせた。

「あのさ……俺、先輩のことワガママだなんて思ったことないよ」

絡み合った指がほどけ、繋がった手は離れていった。ぬるく温まり始めていた体温が離れてしまえば、より一層冷えてしまうような気がした。

「むしろ先輩って欲がないってのかな――クールっつーかドライ?もうちょっと色々ワガママ言ってほしいって思ってるくらいなんだけど」
「僕は十分、きみに甘えてると思う」
「マジで?どのへんが?……あー……や、こういうこと言う俺のがウザいって話だよね」

僕に詰め寄る言葉が少しきつく感じた。
透はそういう、素直に寄りかかってくれるような人が好みなのだろう。
自分は上級生だという意識が働いているせいかもしれないが、そういうことをするにはどこか抵抗感がある。――彼を信頼してないのは、僕のほうなのか。
ならば僕はどうすればいい?どうすれば透にこの気持ちが伝わるんだろうか。時に切なく痛むくらい、溢れそうなほどの恋心は。
彼が言うように冷静でいられる余裕なんてこれっぽっちもない。僕たちの間にあるわずかな隙間が埋められずに焦るばかりだ。

「透……」
「先ぱ――?」

言いかけたその唇に、自分から口付けた。それでも足りなくてもう一度同じようにした。透の唇は乾いていて、それを湿らせるように柔らかく食む。
キスだけでは伝わらない気がして透に抱きついた。コートの表面は未だ冷たく、厚い布地が僕を阻む。透に近づこうとする僕を拒む。それが恨めしく、もどかしい。

「ぼ、僕は……もっと、きみと話したい」
「うん?」
「昼休みだけじゃなくて、もっとたくさん」

ぼそぼそと小さく訴えると、透の頬が僕に軽く擦り寄ってきた。聞こえ難かったのかもしれないと思い、声を大きくする。

「この前、試験期間じゃない日に一緒に下校できて嬉しかった」
「……うん」
「きみには部活動や、広い友人付き合いがあるから難しいのは分かってるが、でも――」
「でも?」
「……僕は、こうやって二人きりで会える機会がもっとほしいと思ってるし、きみのことを知りたい……」

知りたい。全てでなくていい。けれど、できれば恋人同士でしか知り得ないような特別なことを。
きっと僕は今、とても物欲しそうな表情をしてるだろう。ごくりと唾が音を立てて喉を通ってゆく。
すると、今度は透のほうからキスをしてくれた。求められるままに何回か唇を啄ばむ。触れたそこだけが熱く、溶けてしまいそうだった。
唇が離れていっても透の吐息がかかるから、それすらキスの延長に思えた。
どちらともなくもう一度抱き合う。
僕は思っていた以上に飢えてたみたいだ。きついくらいの抱擁に胸の奥が疼く。――しかしそうしたせいで透の変化に気付いた。

「あー……」

彼もその違和感の正体に、気まずいような、照れを含んだ表情を見せた。
密着した下腹部辺りに硬いものが当たっている。透の股間には膨らみがあった。

「……なんかごめん。気にしないで」
「き、気にするなっていうほうが無理だ」
「だよねー……」

はは、と軽く笑った透はなあなあに流してしまうつもりのようだった。
でも僕はそんなのは嫌だ。僕とこうしていて体が反応したというのなら、それを嬉しいと思うから。そして僕も同じ気持ちだから。

「透……わがままをひとつ、言っていいか?」
「えっ、何?」
「……したいんだ。今」

直接言葉にするのが恥ずかしくて遠回しな言い方になってしまったけれど、透にはちゃんと伝わったらしい。その証拠に彼の困惑する様子が伝わってきた。

「えっと……それってつまり、エロいこと、ですか?」
「そ、そうだ」
「……あの、ほんっと、こんなこと言うのアレなんだけど、今ちょっとマズい」

言いながら透は手の甲で口元を押さえた。心なしかその顔が赤いような気がする。

「さっきから、先輩からキスとか抱きついてくるし、おまけにすげー可愛いこと言うしで、マジで、ほんと、ヤバい」
「ええと……だ、駄目ならいいんだ。状況が読めなくてすまない」
「だっ、ダメとかじゃなくて!……つーか……はっきり言っちゃうけど、俺、先輩のことめちゃくちゃ抱きたい……」

熱湯でもかぶったみたいに全身が一気に熱くなる。
言われて確信した。僕も透にそうされたい。
知らないことを知りたい。未知の領域に踏み込んでみたい。このどうしようもない心の隙間を埋めるにはそれしかないと強く思った。
そうすれば、どれほど言葉を重ねるよりも、僕の想いも透の気持ちも通じ合えるような気がした。

「ごめん、悪いけど今日はムリかも。抜き合いで止める自信、全っ然ない」
「……止める必要なんてない」
「え?」
「ぼ、僕もしたい、から……」

僕のわがままを叶えてくれるというなら今がいい。
そういう願いを込めて再び透の背に腕を回し抱き締めると、搾り出すような唸りと深い溜め息が聞こえた。

「もーヤダ……先輩ほんとヤダ。超好き」
「は?え?」

それは好きなのか嫌いなのかどっちなんだろう。
戸惑っているうちに透が僕を抱き竦め、耳元で色っぽく囁いた。

「じゃあ、マジでやっていい?」
「いい。したい」
「……優しく出来なかったら、ごめん」

決意が鈍らないうちにしっかり頷くと、透の唇が僕に深く重なった。


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