5


透は僕の前に姿を現すことはなくなった。
それが僕たちの関係の脆さだった。透が働きかけてくれなければあっさりと崩れる関係。

夜、ベッドに潜り込みながら思い出すのは透との一夜。熱くて、気持ちが良くて、痛くて、嬉しくて泣いた。
透がいなくなっても僕は彼のことが好きでたまらなかった。好きで、でも怖くて会いたくない。
僕は彼より年上なのに、こんな風にしつこくされるのを厭うかもしれない。

なのに仕事から帰って来ると時々部屋が掃除されていたり、コンシェルジュに預けていたクリーニングが戻っていたりと透の気配が感じられた。
わけがわからなかった。顔も見たくないのなら、いっそすっぱりと断ち切ってほしいのにこれでは未練が募るばかりだ。





透が姿を見せなくなって一週間も経った頃、彼がいない部屋で昼間からひとり酒を飲みながら昔のことを思い出していた。

――僕は、透はおろか、司狼にも瑞葉にも家族の誰にも言っていないことがある。
僕は子供の頃、見知らぬ中年男性に性的な悪戯をされたことがあった。その時はその行為の意味をよく分かっておらず、でも怖くて仕方がなかった。

夏休みのある日、鬱蒼と茂った木々の合間で僕はズボンと下着を膝まで脱がされ、下半身を露出させられた。
太った中年男性は興奮しながら僕のそれを見て自分のモノを扱いていた。
露出した肌にかかる生暖かい息づかい。かわいいねぇと猫なで声で言う汚い男。気持ち悪かった。すべてが。
最後に、自身を扱いていたぶくぶくに膨れ上がった手で、太ももを撫でられた。

それ以来、人との接触が極端に苦手になった。

だから、透がするスキンシップを嫌だと思えない自分が信じられなかった。驚くし身構えるけれど、嫌悪感は感じない。
司狼にも触れられるのは好きじゃない。恋人だった瑞葉だってそうだった。
なのにどうして透はいいんだろう。彼の何がいいんだろうか。

人肌が苦手でも健康な男子として人並みに性欲はあるから、恋人である瑞葉とはセックスをした。けれどリードしてくれたのはいつも彼女の方だった。
ひろ、大丈夫だよ、と泣いている僕を慰めながら触れてくれた。それはとても気持ちが良かった。でも怖かった。
性行為を怖がる僕のせいで瑞葉との行為は数えるほどで、その理由を知らない彼女は不満に思っていたかもしれない。
気にしてないよとは言っていたけれど、優しい彼女の唯一の欺瞞だったと思う。

それなのに、透とのセックスは身も心も満たされていた。
僕の方が求めたのだ。透を、泣くほどに。

彼は同性で、手が届かない存在だと思っていたからあんな風にひとつになれる方法があったことに歓喜した。女みたいに喘いで、受け入れて、そうされて嬉しかった。
もっと溶け合えればいいのにと懇願した。

ぽたりと涙が流れる。
せめて言おうと思った。僕がこんなにも透のことを好きだということを。
ずっと中途半端にしていたのがいけなかった。ちゃんと言って断られれば気持ちの整理もつく。
きっと透は僕に対して罪悪感があるはずだ。寝床を提供していた家主をあんな風にしたこと、でも優しい透は突き放せずにいること。

そう思ったら自然とスマホを手に取って透の番号を呼び出した。
しかしコール音も空しく、留守電に切り替わった。そのことは僕に大きなダメージを与えた。スマホを持った手をぱたりと落として天井を仰ぐ。

透に抱かれながら見た天井。自分の家なのにじっくり見たこともなかった。
ソファーにずるずると寝転がり頬を摺り寄せた。あり得るはずもないのに透のぬくもりがあるような気がした。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -