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翌日の月曜日――僕と透はとあるカフェにいた。並んで座り、適当に注文した飲み物をテーブルに置いてはいるがひと口も飲んでいない。
平日だが社会人らしきスーツ姿の男女や、ノートパソコンを持ち込んでいる人がちらほらといる。時の流れが緩やかに感じるような、落ち着いた雰囲気のカフェだ。
僕たちは店の隅の席を確保して、司狼を待った。

当初、二次会で行った店の前で司狼からハンカチを返してもらってすぐ帰るつもりでいたのだが、昨夜のうちに待ち合わせ場所を変更しておいたのだ。
ついでに透の大学が終わる時間に都合を合わせた。彼の講義は午前中で終わるのでそれほど遅い時間にもならないのも幸いし、司狼からはすぐに了承の返事をもらった。

透は付いてくるとは言ったが同席するつもりはなかったようで、渋る彼を隣に座らせたのは僕だ。
司狼という男は何でも自分の目で見て確認しないと気が済まない性質だから、場に居合わせてくれたほうが話が早い。
透は落ち着かない様子で煙草を吸っている。対して僕のほうは、自分でも驚くほど落ち着き払っていた。

数分後、まだ待ち合わせ時間まで余裕があるにもかかわらず司狼が店に入ってきたのが見えた。
押し出しの良い男振りは、相変わらず目立つ。

「司狼、こっちだ」
「おう、紘――」

手を軽く上げて司狼を呼ぶ。すると、一瞬笑顔になった彼はすぐにしかめっ面になった。
言いたいことは手に取るように分かる。本来いるはずのない透の存在が気になるのだ。
司狼は何も注文せず、僕たちが座っているテーブルにすぐについた。鋭い視線が僕に向かって飛んでくる。

「まずは僕の忘れ物を返してくれ」
「……ああ」

ジャケットのポケットからハンカチを取り出した司狼は、案外素直に返してくれた。海外ブランドだがそう値段のするものでもないハンカチを、自分のポケットにおざなりに納める。

「……で、何だよこの状況」
「司狼、きみに話がある」
「こいつがここにいることに関係ある話か?」
「そうだ」

こいつ呼ばわりされて透がムッとする。
誰にでも愛想のいい透がこんなにも不機嫌になるのだから、彼らの相性はとことん悪いらしい。

「司狼」
「…………」
「僕は、ずいぶん前から彼と付き合ってるんだ。恋人として」
「…………」
「だからきみの好意には応えられない。ずっと言えなくて、すまなかった」

あまり大っぴらに言えるようなことではないから周囲に配慮しながらだったが、それでもはっきりと言った。
司狼に向かって頭を下げる。腹を括ったつもりでいても、やはりこうして告白をするのは緊張した。
隣にいる透は何も言わずに動向を見守っているし、司狼は絶句したように沈黙している。三人の間に気まずい空気が流れた。

「……俺を避けるための嘘か?」
「違う。演技でもなんでもない。本当のことだ」

他人に言いたくはないが、必要があれば体の関係もあると打ち明けるつもりでいた。奇しくも昨夜透に付けられ首元にくっきりと残る咬み痕が、その良い証明になる。
けれど司狼は押し黙ったまま僕をじっと見据えるだけだった。だから僕も、彼へと真っ直ぐに視線を返した。
長い付き合いの司狼のことだ、おそらく僕の言いたいことは伝わってると思う。
そうして数分ほど睨み合いをしたが、ふ、と司狼が詰めていた息を吐いた。

「できることなら殴りてえよ、そのガキも、お前も」
「ああ」
「……しばらく連絡はしない。俺も、色々考えることがあるからな」
「……ああ」
「……元気でやれよ、紘人」

その言葉に頷くことができず、口の端を歪ませた。ここにきて親友の優しさを見せる司狼が憎かった。
司狼が店から出て行ってしまっても、僕はしばらくその場でぼんやりとした。透は何も言わない。ただ、テーブルの下で僕の手をそっと握ってくれた。

どうして恋愛というのは、男でも女でもうまくいかないのだろう。
得るものがあり、失うものがある。個々に意思がある限り、人間関係というのは何を成してもつまずくばかりだ。
僕は人一倍それが苦手で、得難いものなのだというのに――。

「透……」
「なに?」
「帰ろう」

友人より恋人を優先したわけじゃない。司狼の想いに対して正直な答えを出しただけだ。そういうことだと自分に言い聞かせる。
今はこれでいい。正解も不正解もない。最善でも最悪でもない。ただ、現状を伝えるのが僕なりの誠意の示し方だと思った。
覚束ない足取りでカフェを出てすぐ、透が「あっ」と声を上げた。

「紘人さん紘人さん」
「……なんだ」
「あのさー、ちょっとこれから買い物行こうよ」
「構わないが、どこへ?」
「スリッパとか、マグカップとか見に行かない?」
「僕の家にあるものじゃ足りなかったか」
「違う違う。おそろいの」

同棲の基本でしょ、と明るく笑う透。その笑顔が眩しくて思わず目を細めた。
失うばかりではなく得るものは確実にある。それを象徴するようなそう遠くない未来の予定に、固まっていた頬が緩む。

「……それは、次の休みの日にしよう」
「えー、そう?」
「ああ。僕はそれよりも――」

今日は二人きりでいたい。そう小さく耳打ちすると透はにっこりと微笑んだ。
秋晴れの日差しのなか、恋人の存在は僕に確かな温かさをもたらしてくれた。


end.


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