12
透が唇をきゅっと引き結んでうつむく。
「……あのさ……」
「なんだ」
「すっげー心狭いこと言っていい?」
そう前置きしてぽつぽつと零された言葉は、どれも『心狭いこと』には思えなかった。
なにより朗らかな彼がそんな些細なことで思い悩んでいたことが意外だった。
優しい透。僕のことを大事に考えてくれる彼。では、僕のほうは彼に対してどうだっただろう。
ここのところ、透に甘えてずいぶんと身勝手になっていたような気がする。そして無意識のうちに彼の気持ちをないがしろにしていたということにも気付かされた。
透の口から司狼の名前が出てきて驚いたが彼なりのやきもちのようだった。そんな心配など、する必要はないのに。
しかしぐずぐずとした考えから不実な行いをしていたのも事実だ。
僕は、透のことを恋人だと胸を張って紹介できなかった。親友を失うのが怖いという、ただそれだけのために。
「……そんなの、俺は言いたいから言っただけだし、同じようにしなくたっていいのに」
「そうかもな。だけど僕はちゃんと言えなかった自分が嫌で、きみに申し訳なく思ってた」
正直に打ち明けると、透の表情が徐々に穏やかになっていった。
この雰囲気でなら言えると思った。僕がどうしたいか。透とのこれからを、どう考えているか。
「それで、こんなタイミングでどうかとは思うが……ずっと考えてたことがあるんだが、話していいか」
「……うん」
「その……ぼ、僕と一緒に住まないか」
「……は?」
言ったあとに緊張で心臓が跳ね上がった。ぽかんとした透は少しひょうきんで、そんな顔も可愛くて好きだと思った。
透はこんなことを望んでないかもしれない。生活を縛られるのを厭うかもしれない。けれど断られても、それでも言いたかった。僕はきみと一緒にいたいのだと。
「今の生活でもいいんだが、できればそうしたいと思っていて……あっその、もちろん今すぐってわけじゃない。いや、そうだと嬉しいが……」
「……紘人」
「それにきみはまだ学生だし、親御さんに説明が必要なら僕が言ってもいい。むしろご挨拶が先か?」
ぺらぺらと独り言のようにまくし立てると、透が噴き出した。そのまま笑い声を上げる。
「ぶっは、なにそれ!ご挨拶って!『お嬢さんを僕に下さい』みたいな?」
「えっ?い、いやそういうつもりじゃ……っ」
たしかにそういう風に聞こえたかもしれない。いや、ニュアンスは間違ってはないのだが。
かあっと顔が熱くなる。もう少しスマートに言えなかったものだろうか。間抜けな自分にほとほと呆れ返るばかりだ。
透はその場にしゃがみこんで体を震わせながら笑った。まあ、彼が笑顔になってくれたのだから良しとしよう。
そうしてひとしきり笑ったあと、僕を見上げた透は笑顔でひと言発した。
「――そんなの、OK以外の返事なんてないんだけど?」
今このとき、こんなに嬉しい言葉は他にない。抑えきれない笑みが零れる。
僕も膝を床について彼と目線を合わせると、軽く口付けた。指先を戯れ合わせて絡ませる。
「……とりあえずさ、一緒に風呂入ろっか」
キスをしながら透が囁いたその声に、燻っていた情欲が再燃する。
今夜は何度でも、溶けるほど抱き合いたい気分だった。
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