18


今度は俺のほうが紘人の手首を掴んだ。その体はセックスの余韻が残ってるかのように熱い。

「僕が、きみの論文をちゃんと読んでないなんてことはない。最近書き方のコツを上手く会得していたし難しい題材でもなかったから、特に言うことがなかっただけだ」
「…………」
「それに、セックスもしたくなかったわけじゃないんだ。ただここのところ職場で新しい展示のトラブルが続いて、本当に疲れてて……」
「……うん」
「今日は仕事が早く終わったから、きみをベッドに誘うつもりでいたんだ。飲み会だから帰りは遅くなるだろうと思って仮眠してたんだが、きみの帰宅に気付かなくて悪かった」

手首を掴む俺の手に、紘人の手がそっと重なる。目の前にある青い瞳が憂うように伏せられた。

「でもひとつ、きみに謝らないといけないことがある」
「……なに?」
「きみと出会う前に、司狼から……その、言い寄られてたって言ったことがあったよな」
「うん、覚えてるよ」
「僕はそれをちゃんと断ったんだ。でもそのときのタイミングが悪くて、司狼は返事をうやむやにされたと思ってたらしくてな」

紘人の形のいい眉が歪み、ゆっくりとした溜め息が漏れた。

「先日会ったときにその話を蒸し返されたんだが、僕は……今、きみという恋人がいるって、はっきり言えなかったんだ」
「……え?」
「きみは、天羽君……だったよな、彼に僕のことを恋人だって紹介してくれた。けれど、僕のほうは司狼に対して言葉を濁してしまって……それが少し後ろめたくて、ずっと心に引っかかっていた」

そのせいでここのところそっけなく見えたかもしれない、と紘人が小声で告白する。

「……そんなの、俺は言いたいから言っただけだし、同じようにしなくたっていいのに」
「そうかもな。だけど僕はちゃんと言えなかった自分が嫌で、きみに申し訳なく思ってた」

なんとも思ってない相手に牽制の意味で言うのと、長年友達だった人にカミングアウトするのじゃ重みが全然違う。
俺のことを真摯に考えてくれる真面目さは愛しい。だけど、そんな些細なことですれ違うのがもどかしくてしょうがない。
少し黙ったあと、紘人は改まった顔をして俺の手を強く握った。

「それで、こんなタイミングでどうかとは思うが……ずっと考えてたことがあるんだが、話していいか」
「……うん」

その真剣さに気圧されて怯む。
こういう空気は苦手だ。こんな感じの前置きのときはあまりいい話だったためしがないから。
無駄に速くなる心臓を意識しながら紘人の言葉を神妙な面持ちで待った。
何かを確認するみたいに一回頷いて、紘人が顔を上げる。

「その……ぼ、僕と一緒に住まないか」

色気のある唇から出てきた言葉に思わず「は?」と間抜けな声で聞き返した。
俺がぽかんとしてる間に紘人の手が弾かれたように離れた。

「今の生活でもいいんだが、できればそうしたいと思っていて……あっその、もちろん今すぐってわけじゃない。いや、そうだと嬉しいが」
「……紘人」
「それにきみはまだ学生だし、親御さんに説明が必要なら僕が言ってもいい。むしろご挨拶が先か?」

珍しく饒舌な紘人を信じられない思いで見てたけど、徐々に笑いがこみ上げてきて、耐え切れなくなって吹き出した。

「ぶっは、なにそれ!ご挨拶って!『お嬢さんを僕に下さい』みたいな?」
「えっ?い、いやそういうつもりじゃ……っ」

紘人の顔が額まで赤くなってる。
俺は、空気が抜けたように脱力してその場にしゃがみ込んだ。

はぁ、ほんと、この人って俺を喜ばせる天才!

にやける口を手で隠しながら紘人を見上げた。返事待ちの緊張してる表情も、落ち着かなさそうに体を揺する姿も、ちょーかわいい。

「――そんなの、OK以外の返事なんてないんだけど?」

ここに一緒に住むのか新居を探すのかは分からないけど俺の頭の中はすでに引越しのことでいっぱいだった。
早いところ楽しい完全同棲計画を話したいから、とりあえず紘人を風呂に誘った。



end.


(次ページにおまけ)


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