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「よかったな、ナズハ」
「はいっ」

元の道を辿る道中、ナズハは上機嫌だった。こいつが喜んでると俺も嬉しい。
そういえばタウラ夫妻にこの街のことを聞けばよかったな。まあ聞き込みの機会なんていくらでもあるか。

ナズハと違って弓士のほうは普通の武器屋で事足りる。繁盛してそうな手近な店にいくつか入ってみたところ、どこもマジックアローの取り扱いがあった。嬉しいことに種類も豊富。
使い方とか手入れ方法とか店員の説明を聞きつつ、手はじめに火炎矢をひと束買ってみた。
俺の弓に合う長さのものがあって良かった。俺が使っている弓は一般的なものより少し大きく、ナズハの親直伝の射法はやや独特だから。

射手自身に魔力は必要なく、ただいつも通りに撃つだけでいいそうだ。
矢羽には火が燃えるような揺らめきがあるが触っても熱くない。不思議な感じだ。
弓のほうもいいものがあるかと思ったが、目ぼしいものは見つけられなかった。あってもそこまで揃えられる金もないけど。

武器屋で情報収集しつつ買い物を終えてギルドに戻ると、先に戻っていたクレイグたちと合流できた。
時間を見たらもう夕方を過ぎていた。気分的には深夜って感じなんだけど。

年中無休で夜とはいっても、月の色が日によって変化して、それによって明るさもだいぶ変わってくるらしい。そして本来の夜に時間に近づくほど月が大きくなる。
今日は琥珀の三日月だ。柔らかく神秘的な明かりが街中を包んでいた。


俺たちはギルド隣の酒場に移動して、丸テーブルを囲んで軽く飲み食いしつつ、まずはお互いに情報交換をした。

この街において今の冒険者人気は、郊外にある魔石洞窟と湖底遺跡のようだった。
街周辺のモンスターは討伐依頼が多く、骨や肉や毛皮は資材として需要が高く、魔術薬に必要な草花も豊富に自生していて実入りがいい。
それ以外にも探索向けの塔や、古代の魔道具が眠っているという地底屋敷跡などなど行ける場所はたくさんある。
武器屋でもそっちの情報はどんどん入ってきたし、クレイグたちも同様だったらしい。一方で常闇城についての話は全くなかった。

「ねえ、やっぱり遺跡のほうに行かない?」
「いーや。断然、城だ!」

エレノアとクレイグはずっとこの問答を繰り返している。ナズハはどこだろうとチョコチョコあとをついてくるだけだから、何も言わずにニコニコと香草茶を飲んでいる。
俺は洞窟のほうに興味があるけどな。魔石はいくらあっても困らないし。
ただ、気になるのが――。

「で、どうすんだよアルド。やっぱり城だよな?」
「……それなんだけどさ、婆さんが言ってた『呪い』ってのは本当に解けると思うか?」

クレイグに問い返せば、エレノアとナズハも一緒に首を傾げた。

「ンなもんただのおとぎ話だろが。神さんの怒りとやらがヒトなんかに解けるわけねえよ」
「そう、だよな」
「珍しいわねアルド、そんなこと気にするなんて。やだ、意外とロマンチストなとこあるじゃない」
「や、ちょっと気になっただけで別にそんな――」

エレノアにからかわれたから急に恥ずかしくなって慌てて否定した。顔が熱い。
ごまかすように酒を口に含んだその時、俺の両肩にずっしりと重みが増した。

「やあ、おのぼりパーティちゃん。また会うなんて奇遇だね〜」
「ラーシュ!」

クレイグとエレノアが声を揃えた。ナズハだけは「?」という顔をしている。
俺の肩を背後から掴んでいる男の正体を知って反射的に顔をしかめた。飲み込んだ酒が苦く感じる。
クレイグのほうは三角耳をピクピク動かしながら笑顔になった。

「おう、オレらと飲みに来たのか?さっき酒奢るって言ったもんな!」
「んー?違う違う。ギルドに寄った帰りにここ覗いたら、たまたまきみらを見かけたから声かけただけ」
「ギルド?てことはあんたも冒険者?」

つい訊いてしまうと、ラーシュが横から俺を覗き込んできた。うわ近っ。
ド派手な魔術師は俺の問いに答えずに目を細めた。

「新しいお仕事の相談でもしてたの?楽しそうでいいね。この街はたくさん依頼があるから迷うでしょ」
「いや!街に来る前からオレらの行き先はもう決まってんだ!」
「へえ、どこ?」
「常闇城のお宝を見つける!!」

クレイグが馬鹿でかい声で宣言した瞬間、あれだけ騒がしかった酒場内がしんと静まり返った。
……え?なんだ?どうした?
いきなりのことに困惑していたら、少し遅れて爆笑の渦に飲み込まれた。店中の客のみならず店員まで腹を抱えて笑っている。
何がなんだか分からずにあたりを見回すと、近くの席にいた無精髭の剣士が笑いながらクレイグの背中を叩いた。

「ヒッヒッ、常闇城なんか、ブハッ、今時だーれも行きゃしないぜ、ボウズ」
「はあ?ンだとオッサン!」

聞き捨てならないと牙を剥いたクレイグに、剣士はなおも笑いながらジョッキを呷った。

「そう怒鳴るなって。おおかた伯爵の財宝の噂を聞いて来たんだろうがな、実際はそんな簡単なもんじゃねえ。城にウヨウヨのさばる魔物は強敵ばっかりだ。そのわりに財宝のざの字どころか、実入りは何もねえんだ」
「な、何も?」
「ああそうよ。城周りの森にしたってさんざ狩り尽くされちまって平和なお散歩道ってなもんだ。だからなボウズ、街の人間は城なんぞ遠目に見るばっかりで、これっぽっちも興味ねえのさ」

剣士の話に周囲の人間もしきりに頷いている。
隻眼の中年シーフが重ねて言った。

「城なんかに行くより、そのへんの草でもむしったほうがよっぽど金になるぞ」
「そうだそうだ。か弱いお嬢ちゃん連れのガキはそのほうが怪我しなくて安全だぞ!」

酔っ払いらしい女拳士も煽ってくる。
馬鹿にされていると気づいて頭に血がのぼりはじめたらしいクレイグを、俺はすかさず押し留めた。

「出よう、クレイグ」
「だってよぉ、アルド!」
「いいから行くぞ」

顎の下を軽く撫でてやると、クレイグも少しだけ冷静さを取り戻した。
エレノアが眉を釣り上げて翅をせわしなく開閉している。か弱いお嬢ちゃん呼ばわりに怒ってるらしい。彼女みたいな妖精族はそう見られがちだからな。
ナズハは自分のことより仲間を馬鹿にされたことが嫌だったみたいで、釈然としない表情でいる。俺も同じ気持ちだ。
代金をテーブルに置いて四人で店を出ると、「ねえ」と声をかけられた。ラーシュだった。

「まだ何か用かよ」
「うん。俺の自己紹介がまだだと思って」
「必要ない。俺らはもう宿に戻るから」

おのぼりさんだのガキだのと馬鹿にされたうえ、まだからかわれるのかと思うと胸が悪くなる。
しかしラーシュは俺の腕を掴んで引き止めてきた。そのしつこさに舌打ちしたが、振り返って見た魔術師は、予想に反して神妙な顔つきをしていた。

「俺は魔術師のラーシュ。常闇城の案内人だよ」
「……は?」

本気なのか冗談なのか――。
その言葉の意味がいまいち飲み込めなくて、俺はしばらくポカンとラーシュを見つめた。


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