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だから嫌だって言ったんだ。
こんな場所に来るのも、一昨日会ったばかりの得体の知れない魔術師に頼るのも。
一寸先は闇とばかりの地下迷宮で、俺は、冷たい石壁を拳で殴りつけた。





大昔、栄華を極めた末に神の不興を買って世界は一度滅びた。らしい。
楽園だった世界には魔物が蔓延り衰退の一途を辿ったものの、生き残った人類は、それでもしぶとく立て直した。……らしい。
らしい、というのはそう言い伝えられてるからで、現代を懸命に生きる俺には過去のいざこざにさほど興味がない。
かといって信じていないわけでもない。事実、廃墟となった太古の建物には当時のお宝がザックザク。それを人類の手に取り戻すべく――というか普通に一攫千金を狙って、人々は冒険者と称して各地を探索をするのであった。

かくいう俺も、その一人だ。

「うおー見ろよこれ!岩竜の牙でできた斧だってよ!……うっわたっけっ!なーおっちゃん、これまけてよ!こんくらい!」

戦士のクレイグが、市場の武器屋を覗いて即値引き交渉をはじめる。体格が良く男らしい風貌で、物怖じという言葉を知らない獣人族。俺の幼なじみその1だ。

「あんたさっきも同じこと言ってなかった?目的が違うでしょ!」

そう言いながらその1の頭を小突いたのは剣士のエレノア。均整のとれた長身と長い髪、そして背中に生えた透ける薄羽が特徴の妖精族の女子。俺の幼なじみその2だ。

「ま、待ってくださいぃ」

その1とその2の背中を小幅な足取りで追うのは巫術師のナズハ。風変わりな前合わせの衣服を重ねて着ている、異国風の小柄な少女。俺の幼なじみその3。

「クソッ。あとで買いに来るからその斧取っといてくれよな、おっちゃん!おーい、行くぞアルド!」
「はいはい」

アルドと呼ばれて応えたのが、俺。種族は人間。
肩に掛けた弓矢を抱え直して、浮き足立っている三人のあとを追った。
片田舎の港町で育った、年の近い幼なじみ四人――それが、俺たちのパーティである。

ふと、琥珀色の月が浮かぶ夜空を見上げる。
魔術都市は闇深く、どこを見ても夜ばかりがあった。




『冒険者とは、世界各地を旅して、未知の場所を開拓する者を指す。』
初心者向けの手引きの一行目にある文言だ。つまり、誰もが知っていて誰もが読み流す箇所。
そのあとは、諸君らも勇気と知恵をもってナントカカントカと啓発を促すような、奮い立たせるような言葉が続く。
実際、そういう先人たちが切り拓いたからこそ冒険者という職は成り立っている。ギルド制度は過不足なく整えられ、国の助成も手厚く、かつ需要は数多。
増える一方のモンスター退治も兼ねているから、誰しもがパーティを組んで事に当たるってわけだ。
俺たちもそれに倣って組んだ仲だった。

それはさておき遡ることひと月前、クレイグが珍しいことを言い出したのに端を発する。

「――魔術都市?」
「ああ。そろそろオレらの腕も上がってきたし行ってみねえか?」

クレイグの好奇心いっぱいの表情に、俺含む三人は同時に顔を見合わせた。
酒場の喧騒で聞き流してしまいそうになったが、エレノアがいち早く応えた。

「そりゃまあね、このあたりのモンスターも手応えなくなってきたけど。それって隣の領のロゲッタスって街のことでしょ?」
「おう。その少し先に『常闇城』がある」
「……十年くらい前に、隠し部屋で常闇伯爵の財宝が見つかったって噂になったやつだよな」

俺が補足すると、クレイグは「そうそう、それ」と上機嫌でダグ酒を呷った。独特の匂いと火がつくほどの高純度アルコールのその酒は獣人じゃないと飲めない代物だ。
やつは三角耳とフサフサの尻尾を動かして、もう今すぐにでも酒場を飛び出して行きたそうにしている。

「その隠し部屋がまだまだ百や二百はあるって話でな!」
「十年前のそれ以外、見つかったって報告は聞いてねーけど」

夢見がちな噂に呆れつつすかさず否定すれば、クレイグが首を振った。

「それがよ、信頼できるスジから仕入れた情報で――」
「反対」

言い終わらないうちに俺が遮れば、クレイグは面白くなさそうにムッとした。

「んだよアルド。最後まで聞けよ」
「お前、その『信頼できるスジ』とやらで俺らが何回痛い目見たと思ってんだ?」
「そ、それは……!でっ、でもそのたびにうまく切り抜けてきただろ!?」

たしかにギリギリこなしてきた。が、稼ぎにならないものも多数で、骨折り損をどれだけ経験してきたことか……。
エレノアもナズハも俺の意見に賛成のようだった。
それにここからロゲッタスに行くとなれば、それなりの長距離旅になる。帰る目処が立たずに拠点を移すことになるかもしれない。考えなしな獣人の提案で動くには中々の博打だ。
ところがクレイグは持ち前のしぶとさで、なおも話を続けた。

「まあまあ、お前ら聞けって。あのな、魔術都市ってことはだ、一筋縄じゃいかねえような魔物わんさかいるようなところだ。魔術のかかった軽くて丈夫な防具も相応に見つかるだろ。それこそ有翼人向けのな」
「それはまあ、そうかもね」
「やめろよエレノア。相手にすんな」

エレノアに釘を刺すと、彼女はごめんと目で謝ってきた。彼女は防具や装飾品に目がなく頻繁に買い替えている。なぜなら長身かつ抜群のスタイルで、おまけに翅の生えた彼女にぴったり合うものが少ないからだ。
剣士の装いはどうしても無骨になるし、そういうところも不満らしい。妖精族の性質なのか美的感覚ってやつに妙なこだわりを持っている。要するに綺麗なものや可愛いものに目がない。
続けてクレイグは気を良くしたように食い下がる。

「ナズハ!」
「ふぁいっ!へぇぇ?」
「一番はお前だ!なんせ魔術都市だ、新しい術を覚えるチャンスだぞ!世間的に見て巫術はマイナー魔術だ!今のままじゃ呪文書も手に入らないだろ!?」
「ま、まいなー……」

痛いところを突かれたとばかりにナズハがショック顔になる。
あーあ、こいつが一番気にしてることを……。
巫術師は、系統は色々あるそうだが、ナズハの場合は自然界の力を借りて治癒や盾といった戦闘の補助を行う。
炎を吹き上げて攻撃だのモンスターを凍らせるとかいう派手さはないが、ナズハの巫術にはいつも助けられている。
しかしマイナー魔術なのは否めない。ナズハとナズハの親以外に使っているやつを今まで見たことがないから。

「それからアルドもだ」
「な、なんだよ」
「射手のお前がいくら腕を磨いたところで、ただの矢じゃ限界が来るだろ?そこに、マジックアローを使えるようになれば大幅な戦力アップになると思わねえか?」
「うっ……」

その言葉にぐらぐらと揺さぶられる。
火炎や氷礫、雷撃の術が施された矢は、ときに魔術師を凌ぐほどのスピードと威力でモンスターを圧倒するという。まあ、ギルドの貼り紙にあった宣伝文句で見ただけだが。

「ってことで、決まりだな!」
「……おー……」

意気揚々としたクレイグの決定に、やけくそ気味に四人で拳を振り上げた。


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