すれ違い


広い校内を案内し終えてお役御免のはずだったが、クロードがその権限を駆使し街へとエリオットを強引に連れ去った。
学内では誰も引き止めてくれる者はおらず、むしろ魔道師のもとについて勉強して来いと快く放り出されてしまった。

市外のオルギット家御用達だという高級料理店や歌劇場などに連れ回されたあとはオルギット家別邸で菓子や軽食をつまみながら午後の茶を飲み、開放されたのは結局夕食を馳走になったあとだった。

貴族らしい贅沢な時間を過ごしたのはかなり久しぶりで、こんなに気疲れするものだったかとエリオットは驚いた。



ぐったりと馬車の座席に沈み込んでいると、自宅の屋敷まで御者が送ってくれた。
先に馬車から降りたクロードがエリオットの手を取り車両から降りる手伝いをする。
疲れている様を見せるのは矜持に反したのでなんとか背筋を伸ばしてみるが、本音はすぐにでもベッドに直行して寝てしまいたかった。

「今日は私の我侭に付き合ってくれてありがとう。こんなに楽しかったのは久しぶりだ」

クロードの口調は今日一日でずいぶんと砕けていた。エリオットも作法として自分もだと頷く。

「こちらこそ、貴重な経験をありがとうございました。あなたのお話が聞けてとても勉強になりました」
「またお会いできるかな?」
「……機会があれば」

作った微笑みを崩さずにエリオットが返すと、クロードも柔らかく目を細めた。
そしてクロードはエリオットの肩に優しく手を置き、素早く頬に唇を掠めさせた。
親愛の意のキスだと分かってはいてもエリオットはその不意打ちに硬直した。

「――では、また会える日を」

クロードが馬車に乗り込み、去っていくのを呆然と見送る。
すっかり蹄の音が聞こえなくなってようやく体の硬直が溶ける。

(まったく散々な目に遭った……)

昨日のお使いから始まり、初めてのギルド、そして魔物襲撃事件――。
それらを思い返してぞくりと背筋に悪寒が走る。

(そういえば魔獣や魔物の力が強まっていると言っていたな)

エリオットは普段学校に篭ってばかりいてあまりに物知らずだとここ数日で嫌というほど思い知った。
街の魔法使としてある程度情報収集するべきかと考えながら屋敷に向き直ったところでぎくりと動きを止めた。

玄関前に人影が立っていたのだ。
エリオットは用心しながらそろそろと近づいてまた驚く。

「……ジン!?」

二日ぶりに見るジンイェンの姿だった。しかし彼はいつものヒノン装束は相変わらずだったのだが、夜目に鮮やかな夕陽色の頭髪ではない。
一瞬別人かと疑うほどの、宵闇に溶け込む黒髪だった。ローザロッテやクロードのような褐色がかった一般的な黒髪とは違う、烏の羽のような深い黒だ。

「ジ、ジン、いつ帰ってたんだ?予定より早……」

小走りに近づきながらそう言うエリオットをジンイェンの冷めた瞳が見下ろす。
本当に別人のような表情にエリオットはぞっとした。そしてジンイェンに腕を強く握りこまれ強引に屋敷の中に連れて行かれた。

「ジ、ジン……痛い……!はなしてくれ!」

ジンイェンは無言でエリオットを玄関ホールの壁に押さえつけた。背中を打ちつけた痛みでエリオットが呻く。

「……っ、ジン……!」
「――あの男、誰?」
「え?」

一瞬ジンイェンに言われたことが理解できずエリオットは思わず聞き返してしまった。
それをどう受け取ったか、ジンイェンの切れ長の瞳が冷たく細められる。そうされると、エリオットの心臓は掴まれたかのように痛んだ。

「俺がいない間に、もう浮気?」
「は、はぁ?」

まったく身に覚えのない言いがかりにさすがのエリオットも腹が立った。

「なんだ、それ……僕はきみ以外誰とも――」
「さっきキスしてたのは?」

ジンイェンが言っているのはもしかして先刻のクロードのことだろうか。だとしたらひどい見当違いだ。


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