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気づけばすでに正面玄関には誰もおらず、エリオットものろのろと自分の准教授室に向かった。
荷物は杖と昨日の大金が入った鞄くらいしかないので今日はまともな仕事が出来るとは思えなかった。

しかし幸か不幸か宮廷魔法使の来校に沸いたフェノーザは終日授業どころではなかった。
校長との話が済んだと思われるクロードが校内を視察したいと言い出し闊歩していたせいだ。
おまけにその校内の案内をクロード本人から直々にエリオットが指名されたのだ。モーガンには遠目できつく睨まれた。

宮廷魔法使は生徒同士の魔術対抗戦の場くらいでしか姿を見る機会がない。さらに旅団長ともなれば学生魔法使にとっては雲の上の人物といえるだろう。
かくいうエリオットも一時期は宮廷魔法使を目指していたので、憧れる気持ちは痛いほどよくわかった。

「グラージア校でも同じだった」とか「この施設は全然違う」などと楽しそうに話すクロードに複雑な気持ちを抱く。
彼を伴って行く先々で生徒たちが耳うるさく騒ぐので、それを収めるのも一苦労だった。

「……懐かしいな」

フェノーザ自慢の中庭に差し掛かったところでクロードがぽつりと言う。隣を見ると彼は良く晴れた空を見上げ眩しそうに目を細めていた。
爽やかな風が吹き込むと、クロードの長い髪がさらりと風に舞った。

「私も、皆と同じように学んでいた頃がありました。あの頃は無邪気で、楽しい日々でした……」
「……オルギット殿は、何故宮廷魔法使に?」
「クロード、と、エリオット。私の力を人民のために役立てたいと思ったからですよ」
「そうですか。ご立派なお志です」
「若輩者の青臭い理想ですよ」
「はは、お恥ずかしながら僕も同じような理由で宮廷魔法使を目指していた時期があるんですよ」

エリオットがそう言うと、クロードは驚いたように目を見開いた。

「何故断念されてしまったのですか。きみならば志願すればすぐにでも入廷できるでしょう」
「まさか!万が一今から入廷できたところで若い魔法使たちに白い目で見られてしまいますよ」
「いいえ、きみが望むなら私が口をききましょう」
「ご冗談を……それに僕は、今の教授職が気に入っているんです」

宮廷魔法使になれば当然宮廷に住まなければならなくなる。ジンイェンという恋人ができた今では、そういう生活にもはや魅力を感じない。
クロードは残念そうに首を振った。

「そうですか……きみが同僚になってくれたのなら、とても嬉しいのに」
「あなたは人を喜ばせる話術がお上手ですね」
「本心ですよ」

クロードがあまりにも真剣な顔で言うのでエリオットは思わずくすりと笑った。しかし慌てて笑みを引っ込める。
誤魔化すように咳払いをして、エリオットは次の場所へとクロードを誘った。


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