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久しぶりのフェノーザ校を見て、エリオットはホッとしていた。
ここのところ息つく暇もなく様々なことがあったので、ようやく日常に戻れると胸を撫で下ろしたのだ。

馬車は最初の門を入り、玄関先までエリオットたちを運んだ。
フェノーザ校は周囲を濠で囲まれており、ひとつだけしかない入り口へは橋を通らなければならない。濠には水鳥が多く生息しているので長閑な風景が見られる。

馬車が止まるとエリオットは御者の助けを借りながら車両を降り、クロードもそれに続いてステップを降りた。
もう午前の授業は始まっているらしく門はぴったりと閉じていたが、来校の合図もしないうちに開いた。

開いた門の先には教授や准教授たちがずらりと並んで待ち構えていた。
エリオットはその顔ぶれに驚く。フェリクスやノーマン、いけすかないモーガンまで揃っていたのだ。

いつも奔放なフェリクスが恭しい態度で、クロードに丁寧なお辞儀をした。

「お待ちしておりました、オルギット卿」
「遅くなって申し訳ない」
「……ヴィレノー准教授が、何故あなたと?」
「昨日の魔物襲撃事件はすでにそちらの耳にも届いておられると思うが……偶然居合わせた彼が勇敢な活躍をしてくれたので、礼として共にお連れした」
「いえ、私は何も……」

再び大げさにクロードに褒められ、耳を赤くしてエリオットは恐縮した。
フェリクスは片眉を上げて少し頬を緩めたが、すぐに態度を改めた。

「では、卿。カルザール校長がお待ちです」
「承知した。案内を」

フェリクスがそのままクロードを伴って校内へ消えていき、取り残されたエリオットはぽかんとそれを見送った。
その場に残ったモーガンがさっそくエリオットに噛み付いた。

「突然の休暇のうえ遅刻までしていい気なものですな」
「……その節はご迷惑をおかけしました」

はん、とモーガンが鼻息を空に吹きかけた。しかし興味津々といった態度で早速聞いてくる。

「それで、オルギット卿とはどのようなご関係ですかな?ずいぶん親しい様子でしたが?」
「先刻彼が仰った通りですよ。昨日ガランズに赴いた際に街中で魔物の襲撃に巻き込まれ、むしろ私のほうが助けていただいた次第です」
「彼、ねえ……」

ねっとりとモーガンが言う。含みのある嫌な言い方にエリオットの眉間に皺が寄った。

「宮廷魔法使の若き旅団長まで誑かすとは、あなたはとんでもない魔性ですな」
「宮廷魔法使……旅団長?」
「おや、ご存じでなかった?」

決して意外な話ではなかった。貴族で、魔道師階級ともなればそれくらいの地位も頷ける。彼の正体にようやく得心がいったくらいだ。

「あなたがのんびりお休みしている間にカルザール校長が卿をお呼びしたのですよ」
「……そうでしたか」
「急な呼びたてでしたが、ま、校長の孫でもありますからねえ。来ないわけに行かないでしょうな」

この情報はさすがに驚いた。モーガンは何も知らぬエリオットを鼻で笑い、事情通を気取ってペラペラと喋った。

「校長の息子であるクラストル殿はもちろんご存知ですな。校長の孫とは言っても実は彼の婚外子でしてな。クラストル殿は妻以外の若き女魔法使を孕ませたが外聞が悪いと思ったのでしょうな、認知はなさらなかった。そして見目麗しかった彼女はすぐにオルギット伯爵に見初められ、生まれて間もない卿とともに伯爵家に迎え入れられたのですよ」
「…………」
「そういったわけで、校長の孫というのは表では知られていないことになってますが……ま、公然の秘密というわけですな」

こんなことも知らないのか、と馬鹿にしたようにモーガンが嘲笑する。醜聞が大好物のモーガンらしい下世話な主観が入った情報だった。
その全てを鵜呑みにするわけではないが、複雑な生い立ちを背負っているらしいクロードにはなんとなく納得させられた。

人を気遣いすぎるような態度や、慈しむような優しげな眼差し。
彼が婚姻しない理由もその複雑な家庭事情にあるのかもしれない。

考え込んでしまったエリオットを見たモーガンは溜飲が下がったような満足げな表情を浮かべ、ローブをわざとらしく翻して校内に戻っていった。


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