オルギット卿







次の日、早朝に目を覚ましたエリオットはクロードからとんでもない提案を受けた。

「フェノーザ校までオルギット家の馬車で送りましょう」

聞けば、昨日の騒動で馬車を走らせすぎて馬が疲れてしまい、街の定期便は現在通行が止まったままで再開時間は未定なのだという。
昨日は並んででも馬車に乗り込むべきだったとエリオットが嘆いていると、クロードから先の提案をされたのだ。
しかしエリオットはそこまでさせることに気が引け、辞退の意を示した。

「いえ、その……こういう事態ですから、学校側も考慮してくださると思いますし……」
「いいえ、エリオット。本当に偶然なのですが、私にもフェノーザに赴かなければならない用事があるんですよ」
「え?」
「詳しいことは追々。さ、早く支度を」

クロードが呼び鈴を鳴らすと、すぐに女中が数人姿を現した。手には水を張った桶や着替え、タオルなどを持ちクロードの夜着を脱がせにかかる。
エリオットもドア一枚隔てた主寝室続きの別室に案内され、クロードと同じように女中が衣服に手をかけた。

「す、すまないが自分で」

従者に身支度を整えさせるのは貴族ならば当然なのだが、田舎の子爵家育ちで一人暮らしの長いエリオットは丁重に断った。
女中もそれに従い、鏡の前に桶と剃刀、ブラシで泡立てられた石鹸、そして清潔なタオルを置き小さく膝を折って退室した。
丸テーブルの上には着替えまでしっかりと置かれている。
一度家に帰る暇も与えず、ここで支度させフェノーザ校に直行するつもりなのだろう。

着替えはいつもエリオットが着ているような変哲のない詰襟の白いシャツとアスコットタイに紺のベスト、黒のスラックスだったが、ローブを広げてみてひどく驚いた。
紺色地に銀糸が縫いこまれた流行柄のローブはおそろしく手触りがよく、また羽のように軽かった。

エリオットの着古した一張羅とは明らかに佇まいが違う。一時借りるだけとしても緊張してしまう。
ローブの釦を留め主寝室に戻ると、クロードが目を細めた。

「良く似合っています。きみに合うサイズがあって良かった」
「……ここまでしていただいて恐縮です」
「お気になさらず。昨夜の楽しい話の礼と思ってください」
「はぁ……」

クロードに急かされ、エリオットは門に停められた立派な馬車に押し込まれることになった。
昨夜の避難住民も日の光を浴びて少し明るい気持ちになったのか、クロードが通るたびに感謝の言葉をかけていた。
主人を見送る従者達も彼らの世話を夜通ししていたようで、屋敷中の皆が一体感を持っているのが好ましい。

「叔父上の到着は?」
「もうまもなくと先刻連絡がございました」
「そうか、では頼む」

クロードが老従者に短く言うと、御者が馬車の戸を閉めた。
本当に今日ジョレットに行くことは決定事項だったようで、留守の間はクロードの叔父が屋敷を仕切る手はずになっているのだという。

この事態に屋敷を留守にしていいのかとは思ったが、叔父は信頼できる人物でフェノーザ校の用事も重要なのだそうだ。



「……ここ最近、魔物たちの動きがおかしいのですよ」
「おかしい?」

馬車に揺られながらクロードが形の良い眉を顰めて秀麗な顔を曇らせる。

「昨日の魔物の件もそうなんですが……街中に魔物が現れることなど、ありえなかったことです」

魔物たちにも適応環境や縄張りというものがあるらしく、人の栄える場所では繁殖できないようだった。
新しく出来たばかりの村などはどうか知らないが、大抵は魔物・魔獣避けの術が施される。それでも術の綻びはあるもので、その穴をすり抜けた魔物たちが時々人村に餌を求めて現れ被害をもたらしていた。
大きな市や街は守りも強固で安心して暮らせるはずなのだが、昨日のような事態は明らかに異常といえる。

クロードが憂うような声で低く言葉を紡ぐ。

「各地の魔物が活発化しているんですよ」
「活発化……」

そういえば、とエリオットは思い当たることがあった。ロッカニア地下遺跡でのことだ。
ベヌの一件も、元を辿れば南の国境の村を食い荒らしたことに端を発する。

それにジンイェンがしきりに「珍しい」「おかしい」と言っていたことを思い出す。
もしや交尾していたベヌも何かしらの原因があったのでは、と思い至ったところで、馬車はジョレットに入った。



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