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風呂上りには年配の従者に三階の一室に案内された。
見るからに立派なドアで、エリオットは訝しく老従者に聞いた。

「……ここは?」
「主寝室でございます」

ということはクロードの自室ということになる。
辞退する前に老従者がドアを開けてしまったので、とりあえず湯浴みの礼を言おうと思った。
部屋はかなり広かった。落ち着いた内装に設えられた調度品の数々も素晴らしく、主の趣味の良さが伺える。

「ああ、来たね」
「湯をありがとうございました。おかげさまで体が温まりました」
「お役に立てて良かった。しかし申し訳ないことに他の部屋が皆埋まってしまいまして」
「僕は玄関先を貸していただければ結構です」
「それはいけない。狭苦しいかもしれませんが、この部屋を使っていただきたい」

クロードの言葉にまた驚く。
懐深い伯爵殿かもしれないが、さすがに屋敷の主人の寝室を使うのは気が引けた。

「いえ……お心遣いはありがたいのですが……」
「恥ずかしながら私は魔法使の友人と呼べる者があまりいないので、この機会にあなたと話をしたいのです」

エリオットとしてもその誘いは魅力的だった。学外の魔道師の話を聞ける機会はあまりない。
もう夜も更けた。ここで押し問答をして時間を使っては、疲れている様子の伯爵殿に申し訳ないととっさに判断する。

「……では、その寝心地の良さそうなソファーを一晩貸してください」

そう言うと、クロードは明らかにホッとした柔らかな表情をした。
ほどなくして老従者がパンとスープと干しぶどうを持って現れ、同じものをクロードも食べた。それらは一見慎ましいが驚くほど繊細な味がした。



エリオットはクロードから特に流水の精霊王の話を熱心に聞いた。
水魔法は不得手なのでそのあたりの克服方法など、互いに意見を交し合うのは魔法使として充実した時間だった。
かわりにエリオットは雷の精霊王の契約の顛末などを話してみせると、クロードは大いに喜んだ。

「ではあなたは狩猟者ではないのに、彼らとともに魔獣討伐に行ったということですか」
「はい、そうです。彼らのルールは初めて聞くものばかりで、僕はまるで役立たずでしたよ。一級魔導士とは名ばかりで……」
「普段と状況が違えばそうなってしまうのは誰しも当然です。そういえば、あなたはフェノーザ校の准教授と仰られたか」
「ええ。寡聞浅学でお恥ずかしい限りですが、当校卒業生のしがないいち教員です」

エリオットが苦笑してみせると、クロードは大げさに否定した。

「とんでもない!あなたのような力のある魔法使が在籍しているフェノーザは幸運ですね。私は若い頃、グラージアの生徒でした」
「ああ、グラージアの……」

マグナ=グラージア校はフェノーザに次いで名門の魔術学校だ。
首都から西に少し離れた衛星都市にあり、そこはティアンヌの生まれ故郷でもある。

しばし懐かしい学生時代の話に花が咲く。若気の至りの失敗や、嫌っていた教授の名を互いに出したりと途切れがない。
また、生前のティアンヌの話も出た。クロードは彼女と同い年で、社交場や舞踏会などでよく顔を合わせたのだという。
幼い頃のティアンヌのことを初めて聞いたエリオットは新鮮な気持ちになった。

ジンイェンとの一件でもうティアンヌを想い悲しんだりはしないと決めているエリオットだが、それでも少しだけ切なくなった。
その話の流れで聞いたことには、クロードには事情があり現在までずっと独り身なのだそうだ。
地位もあり見目麗しく力のある彼のような魔法使ならば縁談などひっきりなしのはずだが、とエリオットは思ったが個人の事情を興味本位で探るのは無作法だと躾けられているのでそれ以上は聞かなかった。



結局深夜まで話し込んでしまい、エリオットは話しながらいつの間にか眠ってしまっていた。
クロードはソファーで眠り込むエリオットを見下ろした。
手触りの良い栗色の髪をひと房掬い、それに軽く口付ける。

「……美しい……」

ぽつりとつぶやく。
エリオットを見つめる青の瞳は、部屋の魔法灯に照らされ様々な思いで揺れていた。


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