救いの手


もうすぐ日が暮れる。最悪野宿か壊れた店先の庇を貸してもらうしかない。
先刻利用したあの書簡屋は親切そうだったので軒先を貸してもらえるよう頼めないかと、エリオットはもう一度暗黒通りへ戻った。

すると書簡屋にたどり着く前に、見知った顔に出会った。
エリオットを助けてくれたあの魔道師の青年だ。
青年はエリオットの顔を見ると、優しく微笑んだ。

「ああ、また会えて良かった」
「ぼ、僕に何か?」
「街がこの有様でしょう?あなたは旅行者のようだったから、もしかして混乱に巻き込まれて困っているのではないかと気になって……」

悔しいがその通りだ。しかし気にかけてくれたことは素直にありがたかった。

「情けないことですがお察しの通りです。もし今夜泊まれる宿屋などご存知でしたら教えていただきたい」
「では、私の家にいらしてください」
「は?」

さらりと言われた言葉にエリオットは面食らった。まさかそんな提案がされるとは思わなかったのだ。
青年は慈愛深い眼差しのまま穏やかに言う。

「この非常時ですので、我が家も皆さんの避難所として使ってもらっています。ですから、あなたもぜひ」

その言葉に、この身なりの良い青年はガランズの住民なのだと察する。避難所というからにはそれなりの広さがあるのだろう。

「……そういうことでしたら、お言葉に甘えて」
「狭いですが浴室もあります。私の魔術で冷えてしまった体を温めてください」

それはありがたい言葉だった。
エリオットが今夜の宿を承諾すると、青年が細く白い優美な杖で空間移動の魔法陣を展開した。

揺らめく水のような魔法陣の中に入ると、大きな屋敷が目の前に現れた。
オルキア伝統の建築様式の、瀟洒で立派な建物だった。
エリオットがあっけに取られながらぽかんと見上げていると、青年が微笑みながら名乗った。

「――申し遅れました。私は魔法使第一等・三級魔道師、クロード・オルギットです」

エリオットはひどく驚いた。只者ではないとは思ったが、彼の名乗ったオルギットとは、首都にある伯爵家の姓だ。
礼を失しないようエリオットは居住まいを正して胸に手を添え膝を折り、丁寧にお辞儀をした。

「……これは失礼しました。僕は魔法使第二等・一級魔導士のエリオット・ヴィレノーと申します」
「ヴィレノー?思い違いなら申し訳ない、北西のコーラントにヴィレノー子爵家があると記憶していますが……」
「仰るとおりです。僕はヴィレノー家現当主アンドレアの第一子で間違いありません、オルギット卿」
「クロードと呼んでください。ではあなたはティアンヌのご夫君でしたか」

クロードの口からティアンヌの名が出てエリオットはひどく驚く。
彼はさっと表情を曇らせ、暗くなりかけた遠くの空を見つめた。

「ティアンヌは幼き日の親しい友人でした。良い縁を結んだと聞き及んでいましたが……お悔やみ申し上げます」
「……お心遣い痛み入ります」
「では偶然の巡り合わせに感謝し、ティアンヌのためにも丁重なもてなしを」
「どうぞお構いなく。皆さんと同じで構いません」



クロードに案内されて屋敷に入ると、彼が言っていた通り魔物被害難民と思われる人々が玄関ホールや広い居間に身を寄せていた。
伯爵家の従者が走り回り、食べ物や毛布を配り何か必要なものはないかと声をかけて歩いている。

エリオットはまず浴室の使用許可を求めた。街中を歩いているうちに乾いてきてはいたが、下着までずぶ濡れでいい加減風邪でも引いてしまいそうだった。
クロードは狭いと言っていたが、浴室はエリオットの家のものより倍は広かった。

浴槽の側の大きな桶にきれいな湯がたっぷりと用意されており、ありがたく使った。
水の魔法がかかっているのか、桶の湯はいくら使っても減らずエリオットは思う存分体を清められた。
おまけに着替えまで貸してもらえるという高待遇だった。


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