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流水の魔法は火を噴き上げる暗黒通りをも包み、鎮火しながら魔物を攻撃している。
エリオットも共に水に溺れるが、息は苦しくない。むしろ淡い紫色の水面を中から見ていると立ち上る水泡や揺らめく水の動きが幻想的で美しく思えた。
しかし魔物には効果覿面だったようで、ごぼごぼと苦しみながら縮んでいった。

半分くらいに縮んだところで触手も緩み、紫の奔流も散った。
体を支えていた触手と水が急になくなってエリオットは勢いよく倒れた。しかし倒れた先には人がおり、しっかりと抱き留められる。

「大丈夫ですか?」
「ごほっ、げほっ……は、はい……」

咳き込みながら見上げると、それは優しげな表情の青年だった。先程精霊王の魔術を放った魔法使だろう。

魔物の方を見ると、触手の火が消えてしまえば弱体化するらしく、剣士や盗賊などに囲まれ攻撃をされていた。この様子ならば魔物が討伐されるのはすぐだろう。
戦士達に斬り刻まれ一抱えほどの大きさになった魔物は体の中から乾留液のような黒い粘液を夥しく垂れ流し、やがて動きを止めた。



事態が収束すると、青年に支えられているエリオットのところに先刻の婦人と子供が走ってきてたくさん礼を言われた。
彼女達は避難しそびれたが狩猟者が守ってくれたようで、二人とも無傷だった。

エリオットもようやく落ち着き、改めて助けてくれた青年に礼を言った。
彼は長い黒髪に紫がかった青い瞳の美丈夫で、痩身で背が高く仕立ての良い紺色のローブを纏っていた。その指には金色の指輪が光っている。

「あの……ありがとうございました」
「当然のことをしたまでです。あなたの勇気ある行動、敬服しました」
「とんでもありません。軽率な行動を反省しています。あなたのような力のある方に任せればよかったんですが……」
「いいえ、あなたの術は洗練されていて美しかった」

青年の左手薬指に光る指輪から察するに、彼は三級魔道師だ。
そんな青年から手放しで褒められ、エリオットは顔から火が出る思いだった。
かなり力のある魔法使が何故こんなところにと思ったが、詳しく聞く暇はなかった。

エリオットは青年に再び礼を述べて取り落とした自分の荷物を回収に行った。
大金の入った荷物は書簡屋で預かってくれていたらしく、持ち逃げされていなかったことに安堵した。

しかし全身ずぶ濡れだし一張羅のローブは混乱の最中で裂けてしまったしで途方に暮れる。
更に悪いことに、首都の馬車が全便満員で、とても乗れる様子ではなかった。
休暇は今日で終わりだ。明日は出勤しなければならないのでどうしても帰らなければならない。

こういう時こそ空間移動魔術の出番なのだが、いかんせん遠すぎる。今いる場所と着地点のイメージをしっかり保たないと空間の狭間に迷い込んでしまいかねない。
出口から遠くなればなるほどそのリスクが高くなるのがこの魔術の弱点だ。せめてジョレット市内に入っていればいいのだが。

(仕方ない、今夜はガランズで宿を取って朝一番の馬車で帰るしかないな……)

明日は多少遅れても事情を話して許しを請うしかない。
ところが悪いことは重なるもので、近場の宿はもう全て埋まってしまっていた。
魔物の出現の影響で滞在している者は混乱しているようだった。考えることは皆同じだ。

宿屋で聞いたところによるとあの魔物は同様のものが他の場所にも出現し、市内の計三箇所で被害が出ていた。
その原因は現在調査中のようだ。とんだとばっちりである。

半壊の街に佇みながら、エリオットは再び途方に暮れた。



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