3


どうしてこんなときに役立たずなのか――エリオットはしゃくりあげながら悔し涙を流した。
その時だった。

「うおぉぉぉぉぉ!」
「おおおおお!!」

雄叫びと共に武装した戦士たちがベヌに突進した。
ベリアーノたちだけではない。別行動していたはずのロスバルトの姿も見えた。

「エリオット!」

聞き覚えのある声にエリオットは顔を上げる。遠くにローザロッテの姿が小さく見えた。
しかしもう一歩も歩けない――。

「おいあんた!」
「!?」

開襟シャツに皮鎧という軽装の若い男がエリオットの肩をつかんだ。

「俺につかまれ!」

わけもわからずエリオットは男に背負われた。続いて男がメグの腕を握る。

「そこのあんたも!」
「わ、わたしは大丈夫、です!」
「ならついて来い!」

かなり細身に見えた男はしっかりとした足取りで走り、背負ったエリオットをローザロッテの元へと連れて行ってくれた。



男はベヌの群れから十分に距離を取ってからエリオットを下ろした。

「大丈夫か!?」
「あ、ああ……ありがとう」

短く切った赤毛が目に鮮やかな青年だった。釣り上がった琥珀色の瞳をきらきらと輝かせながらエリオットを心配そうに覗き込む。

遅れてメグもよたよたと走って来た。
入れ違いにヴィクトルとユージーンが前に出て、火魔法をベヌの群れに炸裂させた。
その様子を呆然と見ていたら、青年の顔が急に目の前に近づいた。青年がエリオットの瞳を覗き込みながら舌打ちする。

「……中毒になりかけてる。あんた、石に血を吸わせすぎだ」

見抜かれてぎくりとした。
石、というのはジルタイト石のことを指していることは明らかだ。

あまり頻繁に杖のジルタイト石に血を吸わせると石がもっとと欲しがる。術者も、魔術の威力とその声に惹かれ際限なく血を与えてしまう悪循環。
そしてその症状が進むと死に至る――それは、ジルタイト中毒と呼ばれる。石に血を吸わせる儀式に時間を置く所以がそれだ。

中毒者はジルタイト石と同調するようにだんだん目が白く濁ってくるのですぐにそうと分かる。その証拠にエリオットのヘーゼルの瞳も濁り始めていた。

「くそ、石が喜んでやがる……」

青年がエリオットの杖を取り上げて顔をしかめる。
見てみれば、ジルタイト石は生命を持ったかのように赤く明滅し鼓動していた。

「……きみは……」
「グラン。鍛冶師のグラン」

なるほど、彼が一人同行しているという鍛冶師に違いなかった。
しかし思っていたよりも若かったのでエリオットは状況も忘れて内心ひそかに驚いた。

「こいつから、血を抜く」

グランは腰に巻きつけたポーチから楔と木槌を取り出した。そしてエリオットの杖に埋め込まれたジルタイト石に容赦なく楔を打ち込んだ。
ギィン!と鋭く石が砕ける音が響く。

ジルタイト石を急に傷つけられ驚いたが、グランは手馴れてる様子で杖を小瓶に傾けた。
楔を打ち込まれた傷からさらさらと砂のようなものが零れ落ちる。
砂はきらきらと赤く輝いていた。

小瓶一杯に砂を詰め込んでから、グランは楔をはずした。
石の傷がたちどころに塞がり元通りになる。エリオットのジルタイト石は杖の中でいつものような白い光を静かに湛えていた。



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