儀式
精霊王は炎の他に、流水、大地、雷、竜巻、氷結とそれぞれの王が存在する。
ひとつの精霊王と契約したその瞬間、『慣らし』として術者は精霊王の力を直々に貸してもらえる決まりになっている。
今残っている魔力で確実に強力な魔術を使える唯一の方法だ。もちろんかなり危険な賭けではある。
最初はメグに炎の精霊王と契約をさせることを考えた。しかし初めての契約は時間がかかりすぎる。
その点、エリオットはすでに以前精霊王と契約をしているので多少儀式が簡略化できる。
本来ならばきちんとした準備と時間が必要な儀式だ。それをぶっつけ本番でやらなければならない。
チャンスは一度きり。失敗すれば全ての精霊王と二度と契約できなくなる。
ハイリスクハイリターンの、一発勝負。
一か八か――。
エリオットは身震いしたが、しかしこのままでは地下で全滅だ、と己を奮い立たせる。
――やるしかない。
「――ジン、頼む!」
「わかった」
エリオットにしっかり頷いて見せたジンイェンが疾風のように穴倉を駆け、あっという間にベヌートの元にたどり着く。
そして見事な動きでベヌートの体を駆け上がり、尖った鼻先に魔法薬をぶちまけた。
鼻のいいベヌートは強烈な魔力と香草の臭いに身悶えた。
ジンイェンが闇雲に振り回される爪を避け、身軽に着地する。
ジンイェンは仲間全員にエリオットのことを通達してくれたらしく、皆がベヌートを足止めする動きに変わった。
目的の定まらない攻撃と違って、ベリアーノの指示に従って一瞬で統率が取れる。
今までとは違う動きにベヌートがやや戸惑っていた。
その間にエリオットは人差し指と中指をそろえてメグの額にトンと置いた。
指先に意識を集中し、炎の精霊王に願う。
「<イウラートゥス・アミー>」
此は我が盟友なり・炎の精霊王よ・力を宿したまえ――。
ぶわっと熱風が沸き上がった。
メグの額に炎の精霊王を表す赤黒い紋章が浮かび上がる。
これでメグに一時的に炎の精霊王の力を移すことに成功した。彼女は少しの間、威力は低いが炎の魔法を使うことができるのだ。
メグは涙を拭って立ち上がり、エリオットを背にかばうように杖を構えた。
すぐに強い魔術の匂いを嗅ぎ取ったらしいベヌートがエリオットとメグに標的を変えた。
しかしメグの前に黒い炎の壁が立ち昇りベヌートの爪を阻む。ただの炎ではない魔術に、ベヌートが怯んで後ずさった。
「エリオットさんには、指一本触れさせません……!」
頼もしいメグの背中を見ながら、エリオットも儀式の準備に入った。
光の精霊の上位・雷の精霊王と交信を始める――。
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