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ジンイェンは素早くエリオットの腕を掴み、もと来た道を戻っていった。
それに続いて全員逆走する。前方を塞がれたため、戻るしか道はなかったのだ。

エリオットはジンイェンに腕を引かれながら少しだけ振り返った。

狭い道を鋭い爪で道を切り開きながら追ってくる巨大な影。
鋭い牙の間から涎を撒き散らし、ぎゃぁお!ぎゃぁお!と餓えたような喚き声を上げながら迫ってくる様に背筋がゾッと冷えた。



ジンイェンは迷いなく道を走り、ひときわ大きい横穴に入っていった。

――思わず唖然とした。

そこは地下遺跡で始めに入った広間以上の、広大な穴だったからだ。天井が高く、横幅も見渡せないほどで、音がおそろしいほどよく響く。
固い壁一面に光る鉱石があちこちで瞬いており、まるで夜空のようだった。
幻想的なそれはベヌの巣穴というより王宮の集会堂のような広さと静謐さを彷彿とさせた。

エリオットは腕を引っ張るジンイェンに走りながら話しかけた。

「ジン、こ、ここ、はっ……」
「さっき言ったでしょ。今まで見なかった大穴。たぶん、あのでっかいののねぐらだ」
「なっ……」

全員がベヌートのねぐらに走りこんでくると、やつもあとを追ってきた。
入り口を塞ぐようにベヌートが立ち上がる。
最悪なことに穴倉は行き止まりのようだった。これはジンイェンも予想外だったらしく調査不足だと舌打ちをした。

ゴァァァァァァ!!!!

ベヌートの咆哮にびりびりと穴の中が震える。
――大きすぎる。人間の6、7倍はありそうだ。粘液でぬらぬらと光る黄色い五本爪は更に大きい。
そしてかなり腹を空かせているようだ。ひくひくと尖った鼻を動かして人間を探している。

「あ、あんなのどうすりゃいんだよ……」

剣士のトゥギーが気弱な声を出す。エリオットも全く同感だった。

「たしか血に毒があるって言ってたよな」
「……口に、入れなければ、大丈夫」

アニタがはっきり告げる。そのことにベリアーノは少し安心した。

「じゃあ斬りかかっても平気ってこったな?」
「……皮膚に直接、つかなければ」
「まじかよ……」

やけくその苦笑をしながらベリアーノは顔と頭を布でしっかりと覆った。他の者もそれに倣う。
エムカルは槍を捨て、背負っていた折り畳み式のクロスボウを素早く組み立てていた。
さすがに戦い慣れた狩猟者は切り替えが早い。

エリオットも戦闘体勢に入ろうとしたが、その時ベヌートがブォンと腕を勢い良く振り下ろした。

爪が地面に到着する寸前にエリオットはジンイェンに突き飛ばされ、遠くの地面に転がった。
爪が地面をえぐり爆風と土が舞う。

すぐに体勢を整えてあたりを見回すと、ジンイェンが小刀を構えながらすでにベヌートに向かって走り出していた。
風のような恐ろしいスピードだ。

他の戦士たちも各々ベヌートに挑んでいる。
薬師は足手まといにならぬよう十分に距離を取って、ベヌートと戦士達の動向を注意深く伺っているようだ。

そしてエリオットの前方にはメグがいて、魔術を行使しようとしていた。
火の魔法だ――。

「<インフラマラエ・イグネシア>!!」

しかしエリオットは瞬間的に悟った。弱い、と。
火の魔法を受けたベヌートは一瞬動きを止めたが、厚い毛皮は燻っただけに終わり逆に怒り狂ったように暴れだした。
そして火の元を探知したベヌートがメグへと爪を振り上げた。

「メグ!!!」

――考えるより先に体が動いていた。

エリオットはメグの体を抱いて前に跳んだ。
直撃は避けたにも関わらず、横になぎ払う衝撃がエリオットとメグを跳ね飛ばす。二人は抱き合いながら勢いよく遠くへと転がっていった。

「きゃああああ!」
「ぐぁっ!」

土と石に埋まるが、それがかえって二人の姿を隠し、ベヌートは他の人間の方へと体を向けた。
あのベヌートは厄介なことに己の弱点である魔術の匂いを嗅ぎつけるようだ。

体を地面にしたたかに打ちつけたエリオットは全身打撲の痛みで呻いた。頭に石のつぶてがぶつかったようでつぅと生暖かい血が流れる。
エリオットに抱きしめられ逃れたメグは、すり傷から血は流しているが無事のようだった。



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