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「ぁ……」
「エリオット……」
すっかり息が上がった頃にジンイェンがようやく離れた。彼の唇が真っ赤に濡れている。
エリオットの唇も腫れているのではないかと思うほど少し痺れていた。
「……あのさ」
ジンイェンがらしくもなく頬を染めながら何かを言いかける。しかし言葉は続かず、エリオットを解放した。
「……俺、腹減っちゃった。なにか、食べさせてほしいんだけどいいかな?」
「え?あ、ああ。わかった。朝市で何か買ってくる。それと、きみの着替えを」
「頼むよ」
エリオットはそそくさと乱れた襟元を直して部屋を出た。
クローゼットから着替えをいくつか引っ張り出しながら、エリオットはジンイェンの口付けをやすやすと受け入れてしまった自分に自己嫌悪する。
彼に対する気持ちの整理がつかないままに流されてしまったのだ。
自分達は同性だと必死に言い聞かせるが、そんなことはどうでもいいと囁く声もする。
もうこんなことがないように気を引き締めなければならない、とエリオットは自分の頬を叩いた。
おそらく今、緩みきっただらしのない顔をしていると思うから。
エリオットはジンイェンの汚れた服を着替えさせた後、彼を従者部屋から主寝室に移動させた。ベッドが血と泥でひどく汚れていたせいだ。
寝室も昨夜の強盗――ロウロウ一味のせいでひどい有様だったが片付けはとりあえず後回しにする。
片付けのための風魔法すら行使できないほど魔力がまったく湧いてこない。あまりの消耗ぶりに学校の授業すら出来る自信がなかった。
朝市でジンイェンと自分の朝食を買ってきたら、そのまま憲兵と学校へ連絡を入れた。そして学校には急だが七日間の休暇を申請した。
休暇が問題なく受理された後は憲兵と自宅の被害検証をした。驚くことにジンイェンは憲兵とも顔見知りだった。
盗まれた品々はおそらくもう売り払われ、返ってくる望みは薄いだろうと言われた。
ティアンヌの遺品のことを思い、エリオットはしばらく落ち込んだが、吹っ切るきっかけができたと思うことにした。
残念なことにはかわりがないがやはりいつまでも引きずっていてはいけないと思ったのだ。
エリオットもいつかは変わらなければならない。人は生きて、日々変化しているのだから。
――そう思えるよう、ジンイェンがエリオットを変えてくれたのだ。
第一章 END
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