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「じゃ、これ以上はお邪魔虫みたいだからあたし帰るわ」
「本当にありがとう、ローザロッテ」
「どーいたしまして。見送りはいらないよ」
「リリアナちゃんによろしくねぇ」
「うっさいジン」
ひらひらと手を振ってローザロッテは屋敷を後にした。
彼女が部屋からいなくなると、二人とも黙り込んだ。何から話せばいいのかわからない。
気まずくなり、エリオットはジンイェンにくるりと背を向けた。
「あ、あのじゃあジンは良くなるまで寝ててくれ。僕はこれからやることがあるから――」
「待ってエリオット」
ジンイェンに腕を掴まれるとエリオットの体が硬直した。
「ね、行かないで?」
「でも、憲兵に連絡したり、その、学校にも休みの連絡を……」
「エリオット」
ぐいと強く引き寄せられ、エリオットはジンイェンの腕の中に倒れこんだ。
「ジ、ジン」
「エリオット……」
ぎゅう、と抱きしめられると、息が詰まった。ジンイェンからは汗と血の匂いがする。エリオットも同様だろう。
服はボロボロだし血と砂埃まみれで二人してずいぶんな惨状だ。
この空気をどうにかしたくてエリオットはとりあえず口を開いた。
「……ジン、その、きみはリリアナとも知り合いなのか?」
「ん?まあ一時期店に通ってたからねぇ……って、なんであの子知ってるの?」
「昨日、ローザロッテを探してたときに――」
「あー」
得心したようにジンイェンが頷く。
あのいかがわしいストリップバーに彼は通っていたのだ。それを思うとエリオットの胸がまた苦しくなる。
「まぁ、あの店はロージィがいるからすぐ行かなくなったんだけど」
「彼女とは付き合いが長いのか?」
「いや?そもそも俺この街に来てそんなに経ってないし……ていうか、なんかアンタ変な誤解してない?」
「へ、変な誤解?」
「あのねぇ、ロージィは女の子が好きなの。俺とは色っぽい関係は一切ないよ?」
「え、だってローザロッテは女性で……」
「うん、女の子だけど女の子のことが好きなんだ。ずっとリリアナちゃんを口説いてたけど今はどうなったかな」
あの様子じゃまだ口説き落としてなさそうだけど、とジンイェンがくすくす笑う。
「そ、そうか……」
「……ほっとした?」
「い、いや!どうして僕が、そんな――」
「可愛いなぁ」
ジンイェンはエリオットの顔を上向かせて瞳を覗き込んだ。長い睫毛に縁取られた淡い翠色が朝日に揺らめいている。
「……ね、エリオット」
「な、なに……」
「――キスしていい?」
「……!」
囁かれてエリオットの顔が真っ赤に染まる。承諾はなかったが拒否もされなかったので、ジンイェンはエリオットの唇を塞いだ。
「……ん……」
鼻に抜けるような小さな喘ぎ声がエリオットから漏れる。
その甘い声に気を良くしたジンイェンはエリオットの体をベッドに沈め、さらに深く口付けた。
ちゅ、ちゅ、と何度もキスを落とされる合い間に時々上唇を吸われ、エリオットの心臓は緊張とときめきで壊れてしまいそうになる。
ジンイェンとのキスは温かく、心地が良い。
少し乾いたジンイェンの薄い唇とエリオットの形の良い唇は次第に熱を帯びて潤った。
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