目覚め






エリオットが次に目を覚ましたとき、すでに窓の外は明るかった。

「ん……」

ゆっくりと頭を振りながら昨日のことをぼんやりと思い返す。
ジンイェンのことを思い出してエリオットは慌てて体を起こした。
ローザロッテに任せた彼は一体どうなったのだろう。
昨夜繋いだ手はそのままだった。ジンイェンの手が温かく脈打っていることを確認して、エリオットは安堵した。
そして気付く。昨夜は指先すら動かすこともつらかったのに今は全く痛みがない。
枯渇した魔力は未だ戻っていないから全身は鉛のように重いけれど、傷はきれいに癒えていた。
折れた奥歯は戻ってはいなかったが傷は歯肉で埋まっていて痛みもない。

「どうして……」

呆然とつぶやきながらジンイェンの方を見やると、彼はすでに目を覚ましていた。
目が合うとジンイェンの瞳が柔らかく細められた。

「ジ、ジン……」
「……はよ」

ジンイェンとまともに顔を合わせるとなんだか照れ臭くなって、エリオットは思わず目を逸らした。

「起きて、たんだな……」
「うん。アンタの寝顔見てた」

いよいよ恥ずかしくなったエリオットが繋いだ手を離そうとしたが、ジンイェンはそれを許さず強く握りこんだ。そのままエリオットの左手を引き、頬にすり寄せる。

「ジン……」
「ありがとう、エリオット」

エリオットの顔が急に熱くなる。ジンイェンの柔らかい表情も、甘ったるい声音も初めてだ。
今まで知っていた彼とはまるで別人のようでひどく戸惑う。

「――お取り込み中のとこ悪いんだけどさ」
「!?」

ドアを開ける音とともにローザロッテの声がしてエリオットは慌てて手を引っ込めた。ジンイェンの舌打ちが聞こえた気がする。
彼女は部屋のドアに凭れながら腕組みをして呆れたような顔をしていた。

「ちょっと診てもいい?」
「あ、その、昨夜はありがとう。ローザロッテ」
「げっ、ロージィ?」
「『げっ』とはなによ、あんたの命の恩人に向かって。つか、金返せ」

やはりジンイェンとローザロッテは知り合いのようだ。二人とも渋い顔つきをしている。
しかし仕事はきっちりやる性質のようで、ローザロッテはベッドに寝たままのジンイェンの服を剥がして触診していた。

「ん、いい感じじゃない?ジンの致命傷はあらかた治したよ。エリオットの方も同時進行で治癒したから細かい傷までは治せなかったけどね」
「うん、じゅーぶんじゅーぶん。助かったよロージィ」
「あたしで良かったな?他の中途半端な神官だったら危なかったよ」

ローザロッテがジンイェンの肩を叩く。まだ傷が癒えていないところに当たったのか、ジンイェンが痛みに呻いた。
そんなジンイェンを放っておいて、ローザロッテはエリオットに向き直り腰に巻きつけたベルト紐に付いている緑の石を見せた。石には薔薇の紋章が彫り込まれている。

「改めて名乗ろうか。あたしはローザロッテ・マルガ。狩猟者の上級神官だ」
「あ、ああ……。僕は魔法使第二等・一級魔導士のエリオット・ヴィレノー。フェノーザ魔術校で准教授をしている。よろしく」

エリオットは魔法使の身分を示すために左手の銀の指輪を彼女に見せた。
そして互いに握手をする。するとローザロッテが手を握ったままにやぁと猫のような笑みを浮かべた。

「いやー意外!ジンってば一体どこでこんな美人捕まえたんだか……ねえ?」
「おいロージィ、それ以上余計なこと言うなよ」
「んんん?あたしぃ、ジンには恨みがあるからな〜」

わざと焦らすようにローザロッテが言う。ジンイェンが苦笑するところを見ると、彼らのいつものやりとりなのだとわかる。
親しいらしい二人にエリオットの胸がちくりと痛む。
思えば、エリオットはジンイェンのことをほとんど何も知らないのだった。

「そういえば昨夜の礼がまだだった。僕の傷まで治してくれてありがとう、ローザロッテ。金はそんなにないが、出来る限りは――」
「あーあーいいよ。いらない」
「は?」
「あたしはジンに借りを作ったってだけで十分」

訳知り顔でにやつくローザロッテにジンイェンが深いため息をつく。

「でもそれじゃ……」
「だったら今度あたしが困ったときに手を貸してよ。それでいい」

ローザロッテはそれ以上の報酬を受け取らない姿勢だったので、エリオットも仕方なくそれを承諾した。



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