黒い炎


「……そろそろ頃合か」

エリオットの側で私刑の様子をしばらく静かに見ていたロウロウは、そう低くつぶやいた。
ようやく終わらせてくれるのかと安堵し顔を上げたエリオットの目に映ったのは、醜悪な笑みを浮かべたロウロウの姿だった。
彼の腰に差した革のホルダーから短剣が抜き出される。ぬらりと輝くその短剣は、恐ろしい切れ味と殺傷能力を容易に想像させるものだった。

「おい、お前……ロウロウ、ジンを、殺さないって……」

エリオットが思わず声に出すと、ロウロウは小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「ああん?そんなもんどうとでも言い訳できるっての。……ジンイェンさえいなけりゃあな」

ロウロウがべろりと黒ずんだ上唇を舐める。肉食獣を彷彿とさせる獰猛な目つきだった。

「……ふざけるな!!」

エリオットは大声で叫んだ。その声にロウロウが少し苛立ちをあらわにしたが、囚われている自分の境遇も忘れて喚いた。

「話が違う!!」
「何言ってんだお前?そもそもあいつが俺様のお宝を盗んだのがいけないんだよ」
「指輪、のことなら……もともとジンのものだったはずだ!」
「あ?お前アレのこと知ってんのか」
「し、知らな……っ……けど、ジンがそう言って……!」

無意識に魔術を行使しようとするエリオットとそれを相殺する魔法陣の効力が拮抗しあって、バチ、バチと周囲に火花を散らす。
ロウロウが再び首を振りながら笑う。子供の稚気を諌めるような仕草だった。

「くくっ……ジンイェンが嘘ついてたらどうすんだ?」
「それでも、……それでも僕はジンを信じる!!」

エリオットの叫びと共にバチッ!とひときわ大きな火花が散る。
それを見て焦った部下の一人がエリオットの顔を殴った。
軽いエリオットの体はいとも簡単に吹き飛ばされ、壁にしたたかに打ち付けられた。

「……ぐぅっ!」
「オイ何やってんだトゥジャオ!貴族を殺したらやべえぞ!」

ロウロウがエリオットに手を上げた部下を蹴り倒す。
さすがのロウロウも田舎の子爵とはいえオルキア貴族を相手にするのは分が悪いとみえて表情に初めて焦燥が浮かんだ。
殴られた衝撃でエリオットの奥歯が抜ける。口の中に血の味がじわりと広がった。

――エリオットは妙に安心していた。
この男達は魔術に関してずぶの素人だと改めて認識したからだ。

まず魔術封じの魔法陣は『新鮮な』血でないと効力が弱い。
魔獣の血はすっかり乾ききっていて、下位の魔法使を封じるのならまだしもエリオットのような高位の魔法使を完全に封じるには弱い。
そして魔法使に血を流させることは、今の状況では絶対にやってはいけないことだった。

エリオットは思わず不敵な笑みを浮かべた。全身の痛みと眩暈でフラフラになりながらもゆっくりと立ち上がる。
ロウロウはエリオットの尋常ではない様子を悟って少し怯んだようだった。

その一瞬の隙をついてエリオットは即座に行動に移った。
エリオットは口の中に溜まった血液を抜けた奥歯と一緒に床に吐き出した。量は足りないが、とりあえずこれくらいでいい。

「――<ヴェニーテ>!」

エリオットの声と共に地下牢中に重たい空気が立ち込める。冷たい牢がじわりじわりと熱を帯びていった。
発動しようとする魔術を魔法陣が封じようと圧迫してくるが、エリオットはその痛みをこらえながらもう一度口の中に溜まった血を吐いた。

「……っ、<マグナム・フラマム>!!」

床に吐き出されたエリオットの血を中心に、天井まで燃え立つ炎の柱が一気に湧き上がった。

「うわぁ!!」
「ぎゃあッ!!」

突如現れた黒い炎に男達が慌てふためく。
顕現した魔法炎を制御するためにエリオットはすかさず意識を集中させた。しかし魔法陣がまた邪魔をするように見えない力で体を締め付けてくる。
それらを精神の力で押さえ込み、暴れようとする魔法炎を必死に抑圧する。これができないと術が暴走してしまうのだ。
すれば、ジンイェンまで炎の餌食になってしまう。

(それだけは、させない――)



prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -