待ち人






それからさらに十日――。
いつもの生活に戻ったエリオットは、気の抜けたような日々を過ごした。
自分でジンイェンのように料理は出来ないものかと努力してみたがことごとく失敗し、数々の馳走を用意してくれた彼のことを改めて尊敬した。

「……先生、何かあったの?最近おかしいよー」
「別に……」

ジェレミに纏わりつかれても振り払う気にならず、エリオットはおざなりな返事をした。
エリオットは暇さえあればジンイェンとの最後の夜のことを思い出していた。
そのせいで上の空になり、教授や同僚達には叱られたり心配されたりしたがどの言葉も心に響かなかった。
さらに不可解なことに、ジンイェンと触れ合ったことを思い出すと胸の奥が熱くなる。
彼の優しい手つきや薄荷のような匂いを思い返すごとに切なくなった。

エリオットは准教授室に戻ってため息をついた。
フェリクス研究室の隣にあるその部屋はエリオットのほかに三人の准教授が共用で使っている。ものが多いし正直に言って狭苦しい。
しかしそんな准教授室でも、扉を開けたらジンイェンが椅子に座りながら「また会ったね」と声をかけてくれるのではないかと少し期待していた。
今日もそんなことは起きなかったけれど。

今頃どこかの魔獣を狩りに行っているのかもしれない。そもそもオルキアにはすでにいない可能性もある。
たった数日の出会いだった。
それだけでぽっかりと自分の中に穴が開いてしまったようだとエリオットは落胆した。

狩猟者の集まる場所へ行けば会えるのかもしれない、とは少しだけ考えた。けれどまた会ったところで彼と何を話したいのかそれも分からなかった。
友人というには薄く短すぎる付き合い、知人というには存在が胸に深く刻まれてすぎている。かといってあの関係に他につけられる名前は思いつかない。


エリオットは肩を落としながら帰途についた。
夕食は行きつけの飲食店で食べたがもはや何を食べてもジンイェンの美味な料理と比べてしまうようになってしまっている。
食堂でありながら静かな雰囲気が気に入っていたのだが、話し相手がいないことが余計に無味に思えてしまう。
味気ない夕食のあと自宅に帰り着いてから、様子がおかしいことにすぐに気がついた。

――屋敷中が無惨に荒らされている。

決して豪華な屋敷ではないが、伯爵や両親から贈られた調度品の数々は結構な値がつくはずだ。その警戒は怠ったつもりはない。
ジンイェンが帰って来るかもしれないと思って賊避けの防御壁をしっかり張っていなかったのがあだになったようだ。

「……くっ……!」

急いで被害を確認すると、値打ちのありそうな花瓶や壁飾り、ティアンヌの遺品の宝石やドレスが何点かなくなっている。
入手困難な貴重な魔法書や禁書、杖などの魔術道具にはまったく手がつけられていなかったのは不幸中の幸いか。
調度品はどうでもいいがティアンヌの遺品はなんとか取り返したいので、とにかくすぐに憲兵に連絡をしなければならない。
エリオットがそう思いながら最後に寝室に足を踏み入れた時だった。

「――こんばんは」

ねっとりとした声と共に後頭部に重い衝撃が走る。エリオットはそこで意識を手放した。



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