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そんなことを考えているうちにエリオットは家に帰り着いた。
ロドニーから受け取った菓子籠を台所に置き、居間でローブを脱いでソファに放るとそのまま柔らかいシートに倒れこんだ。

(疲れたな……)

ソファの上でうとうとしていると、突然ジンイェンの声がしたのでエリオットは気だるげに唸った。

「エリオットいる?」

ドアを開けて彼が姿を見せる。やはり市場で見たそのままの姿だった。起き上がって乱れた前髪をかき上げると、ジンイェンが隣に腰掛けてきた。

「あ、寝てた?ごめん」
「いや……寝てない」

エリオットが低く言うと、ジンイェンがいつものニヤニヤとした笑みを浮かべた。

「あのさ、これ何?」
「ん?」

言われて顔を上げると、ジンイェンの手には菓子籠が下げられている。布は取り去られており黄金色の菓子が見える。

「ああ、それか……知人からもらったんだ。僕はいらないから良かったらきみが食べてくれ」
「そうなの?てっきり俺へのプレゼントかと思ったんだけど」
「まあ手土産って意味では間違ってないが」

ロドニーの落ち着かない様子を思い出して、エリオットは軽く嘆息した。その様子に何を察したのかジンイェンは尚もにやけている。

「ビスケットねー。どんな可愛い女の子からもらったんだか」
「残念ながらそれを作ったのは男だ」
「……あ、そう……」

ジンイェンがあからさまにがっかりとする様子に、思わず笑みがこぼれる。
笑われて気分を害したらしいジンイェンは、菓子籠の中からビスケットを一枚取り出して素早くエリオットの口に咥えさせた。
さくりと口の中で崩れる菓子に、エリオットは思わず動きを止めた。

「……甘っ」

甘いも甘すぎる。砂糖を二倍の量使っているのではないかというほどの甘さだ。
一口齧ったそれを慌てて口から離す。ぱらぱらと床に菓子くずが落ちて、エリオットは顔を顰めた。
ジンイェンは食べかけのビスケットを取り上げると残りを自らの口に放り込んだ。

「甘っ!」

ジンイェンから全く同じ感想が出て、エリオットは肩を震わせて笑った。

「うっわーなにこれ!やばすぎじゃない?ちょ、分量間違えてない?」
「ジンは菓子は作らないのか?」
「んー作れないこともないけど、あんまり好きじゃないなぁ。ジャムとかコンポートくらいは作るけどさ」
「そうなのか」
「ん?何か食べたいものでもある?」

エリオットは笑いながら首を振った。ジンイェンは普段の料理だけで上手いのに菓子まで会得されたら本格的に従者として雇いたくなってしまう。

「生憎甘いものはあんまり……」
「そうなんだ?」

ジンイェンは果敢にも二枚目に挑んでいた。噛み砕きながら、牛乳をかければとか砕いて混ぜればとかブツブツ言っている。
こんなやりとりも悪くないなと、エリオットは目を細めて優美に微笑んだ。ジンイェンの口元に菓子くずがくっ付いているのがひどく可笑しい。

「ジン」
「なに?」
「ここ、ついてる」

とんとん、と自分の唇の端を指差してみせると、ジンイェンがにやりと笑った。

「取って?」
「馬鹿かきみは。甘えるな」
「つれないね」

言いながらジンイェンが手を伸ばす。
固い指先が唇に触れてエリオットの体の動きがぴたりと止まった。

「人のこと言えないよ?」

唇の端を擦られてはじめて、自分の口にも菓子くずが付着していたのだと知りエリオットは頬を染めた。
ジンイェンはくずの着いた指をそのまま自らの口に運んでぺろりと舌先で舐める。
そんなことを自然な動作でやってのけてしまうジンイェンにエリオットは心底呆れた。どう考えてもいい年の男同士ですることではない。ただそうされても特に嫌な感じはしなかった。

エリオットはもともと他人と触れ合うことがあまり好きではない。それを潔癖だと揶揄する友人もいるが、昔からの性分なので治そうとも思わなかった。しかし――。
短時間のうちにこんなに距離を詰められたのは初めてなのにも関わらず、するりと懐に忍び込んでくる猫のようで何故か彼を憎めない。
ジンイェンは、そういった意味でも本当に不思議な男だった。



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