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メルスタン領は広大で、保守的なところのあるオルキア帝国とは気風も宗教もかなり違う。
講和条約を結んで長いので表立った戦争などにはならないが、大国同士緊張関係が全くないとも言えない。というより「我らが上だ」という矜持から小競り合いは時々起こっている。

歴史ある帝国は魔法使を多く内包し天然資源が豊富な土地で、比較的新興国である王国は開かれた貿易と強大な騎士団という武力でもって国を保っている。
戦争になれば膠着状態が続くのは目に見えて明らかなのでなんとか互いを刺激しないよう表面上取り繕っている状態だ。

もちろんそれは権力者同士の話で、民間レベルでは交流も盛んで実に友好的な関係である。
特に狩猟者は頻繁に国家間を移動しているので出身がどこだとかなんだとかはあまり意味のない話だ。
ただし北部のヒノン共和国やアシアラ皇国は国境線が厳格に敷かれておりどちらの国とも密接な交流がない。なので北部人を見かけること自体が少ない。
もちろん皆無ではないしフェノーザにもちらほらと在籍しているので「ちょっと珍しい」という程度だ。
しかしジンイェンのように見たままヒノン人だとわかる風体の者はかなり珍しい。エリオットが知らないだけという可能性もあるが。

耳まで染め上げて興奮した口調でお国自慢を続けるロドニーの話を聞き流しながら、エリオットはいつ切り上げるかとぼんやり考えていた。

「――ですよね!ヴィレノーさん!」
「あ、え?はぁ」

まったく聞いていなかったとは言えず適当に相槌を打つと、ロドニーがぱあっと表情を明るくした。
ようやく話の区切りになったようだ。ところがロドニーはそわそわと全身を揺すりながら半歩後ろにずれた。

「あああの、じゃあ、待っててくださいねっ」
「ん?」

引き止める間もなくロドニーは奥に引っ込んで、そしてまた小走りに戻ってきた。奥はたしか職員の部屋だったはずだ。
突然どうしたのかと訝しみながらロドニーを見やると、その手には一冊の本と布のかかった小さな籠が大切そうに抱えられていた。それらをずいと差し出されて、エリオットは戸惑った。

「……これは?」
「返すのはいつでもいいんで!そ、それと、これ……僕が作った菓子です」
「はぁ」

どうやらエリオットはぼんやりしている間に、ロドニー個人の持ち物である本を借りる約束をしてしまったようだ。それに、菓子とは。

「へえ、菓子をご自分で作るんですか」
「そ、そうです、趣味で。よよよかったら、召し上がってくだひゃいっ」

早口すぎて語尾を噛んだロドニーに若干辟易しながらも一応短く礼を言った。
ぽっぽと頬を上気させながら差し出してくる籠からはバターや砂糖の甘い香りがした。あまり甘いものは好きではないが突き返すのも面倒で結局受け取る羽目になってしまう。

「あーええと……では、僕はこれで」
「えっ、も、もう!?あ、いえ、帰り道お気をつけて!」

まだ何か話したそうにしていたロドニーからさっさと離れ、図書館を早足に出た。
人の話を聞き流すのは良くない癖だな、と反省しエリオットは大きな溜息を吐いた。



今日の用事はこれで終いだから早いところ家に帰ってのんびりしたいものだとやや急ぎ目に歩いていると、市場に差し掛かった。
市場が最も賑わうのは朝と夕だ。昼をだいぶ過ぎているこの時間、陳列された商品も少なく仕事終わりらしい何人かの狩猟者が冷やかしに見て回っている程度だ。
それでも主要街道に近いこの市場通りはそれなりに人が多い。

人にぶつからないよう歩いていたその時、目の端に見慣れた夕陽色が映った。後ろ姿ではあるがジンイェンに間違いない。
黒の長衣に薄い緑色の帯を腰に巻いているあのいでたちは、今朝見たものと同じだ。
違うのは、両脇に二人の細身の美女を侍らせて歩いているところだ。その女性達の腰に自然に腕を回して悠々と歩いている。
女性達もべったりとジンイェンにもたれかかり、時折甲高い笑い声を上げた。

真昼間からまったく軽薄極まりない光景だ。エリオットは呆れ、眉を顰めながらその姿を目で追った。
彼らはすぐに市場を抜けて曲がり角を曲がっていく。そこでエリオットは彼らの姿を見失った。もとより追いかける気もなかったので自宅へと真っ直ぐに向かう。

――ジンイェンは同性の目から見ても男前だ。すっきりと整った顔立ちに、口元のほくろが何ともいえない色気を醸し出している。
あの胡散臭く派手ないでたちには閉口するが、それでもいいという女性は少なくないだろう。女性は得てして危険な香りのする異性に惹かれるものだ。
そういうことをわかっている上でジンイェンも女性を誘うのではないか。なにしろあの様子ではかなり手馴れていそうだ。

ジンイェンはエリオットとは全く違う性質を持っている。彼の私生活に興味はないが、痴情がこじれた末の刃傷沙汰に巻き込まれるのだけは勘弁して欲しい。



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