涙の意味


それから約束の三日目の夜――ジンイェンが勝手に言い出した期限ではあるが――エリオットは仕事を終えて帰宅すると家から芳しい料理の匂いに迎えられた。

エリオットが家にいない昼間は何をしているのか知らないが、ジンイェンは夜には必ず夕食の用意をしていてくれていた。
いつものようにジンイェンが手料理を用意して待っていた。今日はどんなメニューかと期待し心が躍る。
エリオットはもうすっかり彼の料理に魅せられていた。

共に食事をしながら軽く世間話をすると、狩猟者であるジンイェンから聞く話は初めて知ることが多く、また各地を転々としながら得たという体験談も興味深い。
ジンイェンはなかなかに話し上手で、普段は無愛想なエリオットも声を出して笑ってしまうことがあった。
なにより食生活が充実していることはありがたいことだった。

ずっと体に不調があったエリオットだが、ジンイェンの料理を食べるようになってから調子が良い。
ジンイェン曰く、北部にはバランスの取れた食事で体の調子を整えるという食事療法があるのだという。
言われてみれば彼の作る料理は見た目も良いが野菜と茸類が豊富で、香辛料や発酵調味料を使った独特の味付けではあるが体の内側から温まる気がした。

そのことがあってどうしても自分から「出て行け」と言えず、勝手に出て行くのを期待したが彼は次の日の夕食も用意して家で待っていた。
おそらく彼が言いかけた十日は居座るつもりなのかもしれない。
エリオットはそのことに少しホッとしてしまい、そんな自分に戸惑った。





八日目、その日はエリオットの休日だった。
ここのところ働きづめだったのだが、やはり久々の休日ともなれば肩の力が抜ける。
早起きの習慣で朝早く目覚めたエリオットは身支度を整えて階下へと移動した。
居間にはもはや見慣れたジンイェンの姿があり、彼もすでに身支度を整えていた。

「おはよ」
「ああ、おはよう」

朝食はすでに用意してあるようで、いつもの南側の部屋から良い匂いが漂ってくる。

「ごめん。俺すぐ出かけるから勝手に食べて。食べ終えたら食器はそのままでいいから」
「今日は休みだからそれくらい自分で片付ける」
「え、そうなの? 俺、昼帰って来られないんだよねぇ」
「いい。自分でなんとかする」

すっかり給仕係のようなジンイェンに、エリオットは苦笑した。
不慣れながらも一通りの事はこなせるつもりだ。
ティアンヌが亡くなってからしばらくは身の回りの世話を従者に任せていたが、次第にその存在も煩わしくなりとにかく一人になりたくて自分で覚えたのだ。
従者から教わりながら一通りできるようになって単身暮らしになってみれば、不便に感じることもあれば開放感のほうが大きかった。

幼い頃から従者に囲まれた貴族育ちではあったがやってみればなんとかなるものだ。
もちろん食事や洗濯などは業者頼みであるが。
そういうところが「庶民臭い」とからかわれる一因なのかもしれない。

ジンイェンは軽く別れの挨拶をするとさっさと裏口から家を出て行ってしまった。
一人になったエリオットはゆっくりと朝食をとった。北部の家庭料理に長けているジンイェンだが料理全般得意らしく、今日は東部風のオーソドックスな朝食だった。
カリカリに焼いたベーコン、湯剥きしたトマトと茹でたブロッコリー、バターをたっぷり使った炒り卵、丸パン、ジンイェン手製だという柑橘のジャム。
彼は盛り付けがとにかく上手い。基本的に手先が器用なのだろう。食の細いエリオットだったが、その見た目だけで食欲をそそる。だんだん胃が広がってきたようにも感じていた。



prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -