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次の日は朝から雨だった。しとしとと霧雨が街中を潤している。

「おはよう、エリオット」
「……ああ」

ジンイェンはすでに起きて身支度を整えており、朝食もすっかり用意されていた。
手ぶらに見えたが荷物はあるらしく、ジンイェンの服は昨日とは少し形が違い色も変わっていた。
出された朝食は砕いた米をスープでどろどろに煮溶かした粥だったが、見た目からしてエリオットは難色を示した。

「んー、お好みじゃなかったみたいだね。明日はもっと違うものにするよ」

しかしせっかく用意してくれたものを口もつけずに付き返すのは気が引けて、エリオットは勇気を出して一口食べた。

「……あ」
「ん?」

粥は思いの外美味かった。というより、ここのところの不摂生で疲れていた体にじんわりと沁みたというほうが大きい。
結局出された量を全て食べきってしまう。

「いや、美味かった……」
「そう?でも米はこの辺じゃ高いから滅多に作れないけどね」
「あ、それなんだが――」

忘れるところだったと慌ててエリオットは懐から布袋を取り出した。

「これ、食費」
「……わぉ、エリオットって金持ち」

中身を確認してジンイェンが驚きの声を出す。想像以上の金額が袋に収まっている。

「ね、これ俺が持ち逃げするって考えないの?」
「それならそれで出て行ってくれたほうがいい。……それ以上は渡せないから、考えて使ってくれ」
「りょーかい。あ、そうそう、これ昼飯ね」

差し出された布袋を受け取り、昼食まで用意していたことにエリオットは驚いてジンイェンをまじまじと見つめた。
そんなエリオットの視線にジンイェンが珍しく照れ臭そうに笑って肩をすくめた。

「言ったでしょ、俺料理するの好きなんだって」
「……ああ」

ジンイェンは笑いながらそう言うと、さて、と一息ついた。

「じゃ、俺は行くから」
「そ、そうか。僕の帰りは――」
「夜に適当に帰ってきて待ってるよ」
「それは……僕が驚くからやめてくれ。鍵を渡しておく」
「……つくづくアンタって人は危機感が足りないね」

口元を押さえながらジンイェンがくつくつと喉奥で笑う。
エリオットはムッとしながらも家の鍵を投げつけた。

「どうせ鍵があってもなくても勝手に入ってるんだから同じだろ」
「違いない」

鍵を受け取ったジンイェンはあっという間に裏口から外に出て行った。
食後の茶を堪能してからエリオットも出勤した。



その日、日中に雨が強くなったことだけは憂鬱だったが、ここのところのトラブル続きが嘘のように普段どおりの日常生活を送れた。
帰宅する頃には雨もすっかり上がり、エリオットは雨避けの魔法を使うことなく帰途についた。
家に帰ってくると台所の明かりが灯っていて、ジンイェンがすでに帰宅して夕飯の支度をしているのだとわかった。

「おかえり」
「……ああ」

台所に顔を出すと昨日ほどの豪華さではないが相変わらず美味そうな料理が並んでいて、エリオットはまた空腹で腹が鳴った。
今日は南向きの部屋に料理を運んだ。ティアンヌと暮らしていた頃、その部屋でいつも食事をしていたのだ。
埃を被っていた部屋は、どうやらジンイェンが簡単に掃除をしたらしく問題なくすぐに使えた。

「どうだった?昼飯」
「どうもこうも……いや、美味かったんだが……いつも外食で済ませてるのに弁当なんか持って行ったから、皆に問い詰められて困った」
「それはそれは」

エリオットの困惑顔を見てジンイェンが心底おかしそうに笑う。

「だから……その、今後昼食は用意しなくていい」
「了解。で、どうやって切り抜けたの?」
「……新しい従者を雇ったって」

苦し紛れの嘘に、エリオットは内心冷や冷やしたが周囲はそれで納得したようだった。
ずっと一人暮らしをしていたエリオットが突然従者を雇ったとなれば当然怪しんでいるかもしれないが、誰も追及してこなかったのは幸いだった。

「いいねそれ。うん、俺も誰かに何か聞かれたらアンタの新しい従者って言っておくよ」
「……好きにしてくれ」
「それにしてもエリオットは貴族っぽくないね?」
「貴族っぽいってどういう意味だ」
「うーん……こう、お高くとまってて、人を見下してる感じ?アンタ気が強いし品もあるんだけど、どうも庶民くさいっていうか」
「……よくわからないが……。一人暮らしが長いせいかもな」
「ふぅん?」

夕食も大変な美味だった。
美味い食事と芳醇な果実酒に珍しくエリオットは饒舌になる。ジンイェンは話題を引き出すのが驚くほど巧く、他愛ない話は楽しいとさえ思えた。

その日は寝酒もせずに心地よい疲労感と満腹感に満たされながら眠った。



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