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魔石は各要素ごとに特徴が現れる。純度が高いほど透き通り、石の内部にその特徴を宿しているので肉眼で確認できる。
火なら陽炎に似た揺らめきが、風なら渦巻く動きが、土なら砂状の流動が、水なら水泡を宿し、霜なら雪の結晶が見られ、光なら光点が明滅する。
それらは魔力の流れとして現れているので魔法使でなければ判別できない。しかもこれほど純度が低いと、なかなか見分けにくい。
セリーナの掌の上に乗せられたそれに対し瞳を眇め、エリオットがなんとか見て取れたのは丸い形の要素だった。
「不純物が混ざっていますが魔石ですね。水か、霜か……そんなところでしょうか。これは一体?」
「……以前、友人から贈られたものです。それで、あの、魔石のことを聞きたいのですが」
「専門ではないのでそう詳しくはありませんが、一般的なことでしたら――」
「それならば私が話をしよう!実は私は学生時代は魔石専攻でね、研究論文をプロヴリの壇上で発表したことがある!」
またもやブノワが声高に割って入った。内心またかと思いつつ――顔に出ていたかもしれないが――エリオットは閉口した。
ブノワはさっと立ち上がると教師の顔をして胸を逸らした。腰に下げた鞘から短杖を取り出し、それを立てて得意げに話しはじめる。
「さてそもそも、魔石というのは元が何かというと、精霊だというのは常識だね?」
「はい」
セリーナがそつなく答える。これは魔法使でなくとも教養として一般常識だ。
ブノワは「結構」と頷くと、短杖を教鞭よろしく左右に大げさに振った。
「精霊は我々の世界に重なることで絶えず漂っている。そもそも精霊というのは、生物という括りではあるが実体はエネルギー体であり、我らが何もしなくとも元素に溶け込むことで自然に消費されている」
「は、はい……?」
ブノワの言っていることは魔法使が学ぶべきことではあるが、セリーナには今必要のない知識だ。案の定、彼女が理解半分といった様子で困っている。
エリオットが助け舟を出そうとしたとき、ブノワはダンスでも踊るような足取りで半回転したのち、杖先でエリオットをまっすぐに指した。
「魔法使は溶け込む前の精霊、つまり浮遊体を利用して魔術を発動させるわけだが――そのとき生じる熱量はどうなるかわかるかな、エリオット?」
ブノワは二人相手に講義をしているつもりらしい。
魔法使にとって杖先を人に向けること自体マナー違反で不愉快だが、なによりその口ぶりに、仮にも教職のエリオットにそこはかとない対抗心が湧き上がった。
「どうなるか……と申しますと、精霊は人間界に顕現した時点で不可逆性を有しますので、術の発動結果である熱量は大気中に分散され、そのとき精霊そのものも相殺されます。この場合の精霊王の特殊性については割愛しますが、よろしいですか」
エリオットから珍しく生返事ではない答えがあったことで、ブノワが気を良くしたように頷いた。
「もちろん。続けて」
「しかし精霊がこちらに顕現した際に生じた熱量は残っている。それは相殺されず堆積する形で残り、同じ要素同士が結びつき、やがて結晶化します。その結晶が、通称、魔石と呼ばれます」
「うむ、そうだな」
ブノワがエリオットの発言に合わせて何度も頷く。まるで教師気取りで、優秀な生徒を褒めるかのごとき態度だ。
そうなるとエリオットも引くに引けず――ありていに言えば苛立って、抑えていたものを開放するかのように淡々と言葉を連ねた。
「元素に溶け込むことで自然に結晶化した魔石と、術の行使による人為的過程で出来た魔石とは特徴があるのですぐに見分けられます。
前者の原石は表面に細かい円形の窪み状の凹凸がありますが、後者は微細な棘状のざらつきが見られます。
何故このような違いが見られるかというと、自然に結晶化するほうがはるかに時間がかかるためだとされています。
両者の間にはおよそ十倍の差があるというのが、諸研究者による見解です。この説は百二年前、地質学者ワーク・ハーク博士とその研究チームによってはじめて明らかにされました」
「う、うむ……」
「私見で恐縮ではありますが、セリーナ様がお持ちの魔石は微小なざらつきが端の方に見られることから、自然形成されたのちに人為的過程の結晶化をした少々珍しい魔石かと思われます。
精霊の性質からいって両者が結びつくことは稀ですので。この大きさの魔石でしたら、だいたいの体積から推し量るに、術から得られる精霊熱残量と行使回数を仮に――」
そこまで喋って、エリオットはハッとして口を閉じた。セリーナが目を丸くしている。
ブノワも口を半開きにして硬直していたが、直後、一転して不機嫌顔を見せた。エリオットという『生徒』にやり返されたのが面白くないが、それを認めたくないのだ。
エリオットは慌ててセリーナに対し目線を下げた。
「失礼しました、セリーナ様。関係のないことをつらつらと……」
「い、いいえ、とても勉強になりましたわ先生。私は魔術に関して明るくありませんが、興味が湧いてきました。先生は本当に、リュシアン様のよう」
失態を犯したエリオットへのフォローをしながらもセリーナの本音が少しだけ覗く。
リュシアン様というのは物語で一体どんな人物なのか、エリオットはますます謎に思った。この先も確かめることはないだろうが。
するとすかさずブノワがその言葉尻をとらえて食いついた。話題を逸らす好機だと思ったようだ。
「どなたかな?そのリュシ……なんとかというのは?」
「な、なんでもないのよブノワ。あの、とにかくこの石は、水か霜の魔石なのですね?」
「おそらく。然るべき研究機関に預ければ、もっと詳細に分かるでしょう」
「そこまでする必要は……ただ、どんな石なのかずっと気になっていただけなので……」
市場価値で言えば、こうした併合的な結晶化の魔石は『混ざり物』として低く見なされる。
ただしこういったものにはそれなりにコレクターがいるので、物によってはとんでもない値が付けられたりもする。
しかしセリーナの魔石は彼女の友人からの贈り物であるので、金銭価値まで言及しては野暮だろう。エリオットはそう考えて胸の内に留めた。
エリオットがそこまで気を回したのに、ブノワの方はあっけらかんと彼女に提案しはじめたのだった。
「うーむ、原石のままでいるのは美しくないね。これをブローチや髪留めなどに加工してみてはどうかな?」
「い、いえ……これはこのままでいいの、ブノワ」
「まあまあそう言わずに。きみも年頃なのだからもっと美しいものや装飾品に興味を持たなくては。そうだ!私の伝手で、腕のいい宝飾職人を紹介してあげよう」
それは一般的な意見ではあるが、この場合は明らかに余計なお世話だ。また、ブノワは完全な善意で勧めているところが厄介なのである。
ブノワの目から遠ざけるようにセリーナが魔石をそそくさと宝石箱に戻す。さらにそれを膝の上に置いて隠した。
このままでは明日にでも宝飾職人を連れて来そうだと、見かねたエリオットが口を挟んだ。
「ルドリック教授。セリーナ様ご自身のお考えもございますので、どうかそこまでに――」
言い終わる前に、開け放したドアの外から「失礼いたします」と身なりの良い使用人から声がかかった。
「ルドリック様、主人がお呼びです。お話があるそうですが」
この家で「主人」といえばプリエンテ夫人である。血縁関係にあるらしい二人ならば、急な呼びたても珍しいことではない。
公爵夫人直々に呼ばれたのではブノワに断るという選択肢はない。
やや不満そうにエリオットに視線を向けたブノワだが、渋々といった様子で了承の返事をした。
「すぐに戻るよ、エリオット」といらぬ言葉をかけられたが、エリオットは曖昧な笑みでうやむやに返答した。
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