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ジュランは自分の侍従役をジンイェンに変えろといってきかないそうだ。先日の庭園で見た随伴の様子は彼の要望が通された結果である。
とはいえジンイェンとて通訳など他の務めがあり『姉』に付きっきりとはいかないので、完全な付き人になったわけではない。

「俺には相思相愛の恋人がいるって何度も言ってるんだけど、イマイチ分かってもらえなくてさ。こっちの常識が通じないから調子狂っちゃうよ」
「どちらの性もあわせ持っているのなら、その……複雑だろうな」
「うん。それにね、国内随一の人気役者だから丁重にしろって上からの圧力がすごくて――って、言い訳みたいだけど、アンタを裏切るようなことはひとっつもしてないから。それだけは信じて」

両手でエリオットの手を握りながらジンイェンが真剣に言い募る。
エリオットとて何でも疑ってかかるわけではない。彼の深い愛情は心身ともに享受しているつもりだ。
あの親密な態度も仕事のうちだと割り切って考えるようにするしかない。思い返してみれば、ジンイェンからアプローチをしている素振りは少しもなかったのだ。

「……いや、分かってる。きみの事情も考えずに責めるようなことを言って悪かった」
「いいって。アンタが気にしてることなら早いうちに誤解は解いておきたいからね」

ジンイェンはエリオットの顎に手を滑らせて引き寄せた。
促されるままに唇を重ねる。何度か啄ばむとエリオットの胸中を覆っていた靄は晴れていった。しかし引き換えに別の熱がじわりと体中に広がっていく。

「ん……そういうことなら僕も深く考えないようにする。きみは人あしらいが得意だろ、上手くかわしてくれ」
「はは、任せて。あーでも、襲われたらどうしよう?」
「彼の細腕ときみなら力比べなんて目に見えてるじゃないか」
「いやいや、衣装や舞で使う小道具ってシャレになんないくらい重いからね。あの人けっこう筋肉すごいよ」

テーブル越しに口付けながらジンイェンが笑って冗談を言う。エリオットは艶然と瞳を細め、彼の髪を指で梳いた。
喋っている間にほどよく酔いが回ったことで二人の間に淫靡な空気が漂う。

「……だったら、仮にそうなっても反応しなくなるくらい、僕が搾り取るっていうのはどうだ?」
「名案だね」

軽口のように言葉を交わし、二人は寄り添って寝台に移動した。柔らかい敷布に乗り上がり、互いの衣服を乱して濃やかな口付けを繰り返す。
エリオットのガウンの裾から手を差し入れ、体温の上がった胸元を撫で回したジンイェンが、スンと小さく鼻を鳴らした。

「……なんかアンタ、いつもと違う匂いがしない?」
「え?」
「なんだろ、すげーいい匂い」

今しがたの湯浴みで日中の汚れは洗い流した。それ以外に別段変わったことなどしていない。
盗賊業で培われたあらゆる感覚が鋭い彼にとって、何かほんのわずかな違いが引っかかったのだろう。しかしその心当たりがないエリオットは首を捻りつつ自分の体を見下ろした。
そしてジンイェンの手がガウンをめくって太腿に這ったそのとき、ようやく思い当たるふしに辿りついた。

「いや、まさか――」
「ん、あれ?足の傷はどーしたの?全然目立たなくなってるけど」

掌でするすると撫でられたそこは、三日前にあったかさぶたすらほとんど見えなくなっていた。白く滑らかな皮膚があるばかりだ。
サイラスから贈られた魔花の精油は毎日丹念に塗っていた。自らを古代研究の被験体にしたのは向学の念と好奇心が勝った結果だ。
肌触りや伸びが良いうえに香りは芳しく、効果も聞いていた以上のものだった。
湯浴みで精油は流れたはずだが、匂いが多少なりとも肌に染み込んでいるらしい。そのあたりは一般的な油薬や香油とは効能が違うのだろう。

「それが……先日、傷に効くという精油をもらったんだ。きみが言ってるのはその香りかもしれない」
「へぇ、それにしちゃ効き目やばくない?たった二、三日でこれって、大丈夫なわけ?」
「心配ない。ブエェルウェチアという古代の魔物の話は覚えてるか?」

精油を手に入れた経緯をかいつまんで話したことでジンイェンも得心して頷いた。
棚から精油瓶を取り出して手渡すと、彼は実物を検分するように灯に透かして中身を揺らした。瓶の細工模様を通して液体が不可思議な色合いを見せる。

「ふぅん、変なもんじゃないなら別にいいけど。つか、むかーし酒場でちょっと聞いたことあったかも、そういう魔物避け香の話」
「ああ、そっちの界隈でも役に立つらしいな」
「俺が聞いたのはドライポプリの匂い袋だったかな。百年経っても香りが抜けないから、主に商隊なんかの魔物避けのお守りとしていろんな人の手に渡ってるとかなんとか。俺は実物見たことないけどね」

それはとてつもなく高価な希少品だと伝わっている。ブエェルウェチアは現存しない魔物なのだからさもありなん。
一方でジンイェンたち狩猟者には全く必要ないものだ。魔獣・魔物を狩るのが生業なのだから獲物に逃げられては困る。


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