2


昼食後、エリオットはトリスタを訪ねて詰所へと足を向けた。

執務室は旅団ごとに設けられており、ティナード旅団が使う第四執務室はすでに通い慣れた場所だ。
しかし廊下を歩いている最中、ピタリと歩みを止めた。
前方の資料室のドアが唐突に開いて青年が三、四人ほど中からぞろぞろと出てきたからだ。

いずれも記憶にはない顔だが、彼らがにこやかに挨拶をしてきたのでエリオットもそれに応えた。
彼らは揃って身なりが良くいかにも裕福そうで、高位貴族か、あるいは富豪の家柄なのだろうと知れた。
そのうちの先頭に立つ青年の携えた杖に、色とりどりの宝石を埋め込んだけばけばしい金細工飾りが見えた。目を引く代物だが、派手なばかりで洗練さに欠ける。
彼らは第四執務室には用がないらしく逆方向へと去っていった。

執務室に入ると、室内にはティナード旅団員がまばらに数人いるだけでトリスタの姿はなかった。
エリオットは第四執務室の窓口役である青年に声をかけた。

「失礼。お尋ねしたいのですが、トリスタは今どこに?」
「第二執務室へ遣いにやりましたが……はて、遅いですね」

彼も首を傾げた。伝言を尋ねられたが、エリオットはそれ以上の用もないので断って退室した。
とりあえず第二執務室へ向かえば道中で会えるかもしれない。
そう決めて廊下に出たそのとき、遣いを終えたらしいトリスタの姿が見えた。分厚い書物を何冊も抱えている。
彼は長い前髪からのぞく瞳を見開き、小走りに近寄ってきて挨拶をした。

「お、お目覚めでしたか、エリオット様」
「朝方、起こしに来てくれたとラルフから聞いた。面倒をかけてすまなかったな、気遣いありがとう」
「いいえ、お顔色が良さそうで安心しました。本日のご予定を伺っても?」
「それなんだが……デボルア離宮への行き方を聞きたい」
「はあ。慶劇のご見学ですか?」
「慶劇?」

トリスタが言った慶劇とは、ヒノンの戯曲劇の名称なのだという。
珍しくも煌びやかな彼らのことを間近で見てみたいと考える者は他にもいたようで、デボルア離宮へ足を向ける宮廷人が朝からあとを絶たないのだという。エリオットもその一人だとトリスタには思われたらしい。

「離宮へお連れしましょうか」
「いや、道順さえ教えてもらえればいい。きみは自分の仕事があるだろう」
「ですが……」
「申し出はありがたいが、僕の休日の世話までしなくていい」

行き先を伝えれば一人歩きを許された身であることと、純粋にトリスタの仕事を増やしたくないことを言外に滲ませると、少年は慌てて頭を下げた。

「あ、し、失礼しました。差し出がましいことを――、……ッ!」

――言いかけたトリスタが突然、急にゴホゴホと咳き込み何冊か本を床に落とした。続けて嘔吐を催したかのようなえづきが漏れる。
エリオットは驚いて少年の背を撫でたが、そうされて、彼が弾かれたように飛び退った。

「どうした、大丈夫かトリスタ」
「もっ……申し訳、ありません。少し、むせただけです……」

すぐに咳は止まったが背を丸めたトリスタは、震える手で二本指を立て、胸の前で小さく印を刻むような動きをした。
その動作には見覚えがあった。サレクト教の祈りの所作だ。カルルやローザロッテとは若干動きは異なるがたしかに彼らの神への信仰表明である。

(トリスタはサレクト教徒なのか)

エリオットが内心でそのことに驚きを覚えつつも改めて様子を窺おうとしたとき、少年は次の瞬間にはいつもの彼に戻った。
足元に落ちた本をさっさと拾い上げると、転移の間のどの魔法陣を利用して行けばデボルア離宮に近いか、そしてその先の道順を丁寧に説明する。
説明を終えたトリスタがお辞儀をして執務室に入ってしまったので、エリオットは転移の間に行くしかなくなった。
案内の申し出を断ったのはエリオット自身だが妙に落ち着かない心持ちになった。
けれどこれ以上時間を無駄にするのも憚れて、転移の間に赴き教えられた通りに魔法陣をくぐった。

歩くのに時間はかかったが、それほど複雑な道でもなく目的地には迷いなく到着できた。
遠くに見えてきたデボルア離宮は、規模でいえば宮廷魔法使の宿舎と同等かそれよりも大きいように見える。
広さはありそうだが無駄な装飾のない建物だ。そして古い。現在の流行建築では使われないような、ずんぐりとした素朴な石造りである。

(これは……)

ジンイェンが言っていた言葉の意味を思い出して苦笑が漏れた。芸人の扱いなんてこんなもんだよね、と。まさしくその通りだろう。
日中は涼しいかもしれないが夜は冷えてしまいそうだ。とはいえ造りは頑丈で、居住性は悪くはなさそうだが。

デボルア離宮に近づくにつれ人が増えていった。
トリスタが言っていたように見物目的の人々が集っているのだろう。
エリオットはその波に紛れながらアーチをくぐりポーチ前の階段を上った。
離宮の鉄扉はぴったりと閉じられてはいなかった。ずいぶんな人数が出入りしているせいで閉じる暇がないのだろう。
扉脇に控えた二人の衛兵を見ると、そのうちの一人はグランの兄、ケビンだった。顔見知りがいたことでエリオットはほっと息を吐いた。

「――すまないが、入っても?」
「どうぞ。魔導士殿」

ケビンがそつなく答える。
愛想を欠いた隙のない態度ではあるけれど、姿勢良く剣を提げ持つ凛々しさは実に模範的な衛兵姿だ。


prev / next

←back


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -