蠢動


「ん……」

隣で身じろぐ気配がしてエリオットは目を覚ました。ぼやけた視界に、上体を起こしながら小さく欠伸をするジンイェンの姿が映る。
広いとも言えないベッドの中で大の男が二人、身を寄せ合っているのにも関わらず狭さは感じない。むしろ素肌に触れる体温が心地良く、ずっと絡みついていたいと思わされる。

「……ジン……」
「あ、起こしちゃった?おはよ」
「ああ……おはよう」

ジンイェンはエリオットの前髪をかき上げて、露わになった額に軽く口付けた。
夜を徹するほど存分に睦み合った体はひどくだるい。昨夜は乱れに乱れた末に湯浴みもそこそこに、就寝の言葉を交わす間もなくもつれるようにして眠りに落ちたのだ。
しかし、ジンイェンはそんな様子など微塵も見せずベッドから抜け出した。
まだ曙光も射しきらないような早朝だ。
エリオットは冷えてしまった肩を温めるために再び上掛けに潜り込み、手早く衣服を身につけてゆく恋人の背を見つめた。

「ジン」
「ん?」

支度を終えたジンイェンに向かって手を伸ばし、甘えるような声音で名を呼ぶ。手招きに応じた彼の首に腕を絡ませて引き寄せると、しっとりとした口付けを与えた。
昨夜から何度も繰り返しキスをしたおかげで唇の皮は薄くなり敏感になっている。たったひとつの口付けで官能を刺激するには十分なほどに。
清潔な朝に似つかわしくない淫靡な空気が漂うが、それを抑え込んで起き上がり、エリオットは目元を擦った。

「もう行くのか?」
「うん。朝の務めがあるからね」
「そうか……」

その掠れ声を聞いたジンイェンはテーブルの水差しから中身を足つきグラスに注ぎ、エリオットに手渡した。
ぬるい水が嗄れた喉にしみて低い呻きを漏らすエリオット。そして水を飲み干したあとは、ぐずぐずとジンイェンの服の裾を引っ張ったり指を絡ませたりを繰り返した。
もっと傍にいてほしいと暗に主張する指の戯れに口元を綻ばせたジンイェンは、ベッドに腰掛けて宥めるように裸の背を撫でた。

「ね、アンタ今日休みなんだよね。起き上がれたら俺たちの離宮に来れば?場所は分かる?」
「場所は人に聞けば、たぶん。それより僕のような部外者が行ってもいいのか?」
「平気だよ。ほら、事情は昨日言った通りだし、それだけ忘れないでもらえれば」
「ええと……名前はリャンだったか」
「そうそう」

昨夜話したことを思い出すが、それ以上に濃密な情事の記憶のほうが鮮明でエリオットは頬を染めた。
ほんのりと赤味を増した頬にジンイェンの唇が優しく触れる。そんな心情などお見通しだと言わんばかりに笑いながら。

「つーか、どっちかっていうとアンタのほうが問題ある?一介の芸人と宮廷魔法使様が仲良く話してたらまずい?」
「だ、だから僕は宮廷魔法使じゃないと言ってるだろう」
「冗談だよ、わかってるって。ま、無理そうだったらまた俺から会いに来るよ。この部屋の場所は覚えたし」
「いや……余程不審なことをしない限り大丈夫だと思う。誰かに何か聞かれたら、それなりの言い訳をするから心配ない」
「そ?だったらとりあえず、異文化見物ってことで来ればいいんじゃない?劇の披露はまだ先だし、それまでは離宮内で色々準備してるから」
「あぁ、行くよ。必ず」

ジンイェンは、欠伸を噛み殺しつつ答えるエリオットの耳朶を甘噛みした。そうして吐息のような声で囁く。
馴染みのない響きのそれはヒノンの言葉のようで、エリオットはぱちぱちと瞬きをした。
どういう意味かと問う間もなく彼の体はすぐに離れてゆく。これ以上惜しんでいては本当に離れられなくなる――それを断ち切らんばかりの潔さで。

「ジン……?」
「じゃあ、待ってるからね」

そう言ったあとジンイェンが部屋から出ていくや否や、エリオットは再び抗いがたい眠気に襲われた。
惰眠を貪り次に目が覚めたのは昼過ぎだった。
のろのろと身支度を整え宮廷魔法使の離宮を出た瞬間、外の陽射しの明るさに足元がふらついた。
目を細めてしばらくぼうっとその場に立ち竦んでいると、通りかかった衛兵に体の不調を心配されてしまい慌てて歩き出した。
一晩中まぐわったがための鈍痛は生々しく体中に残っているので、緩慢な動作で食堂に向かう。
すると入り口でラルフとばったり出会った。

「よおエリオット、今日はずいぶんゆっくりだな」
「あ、ああ。休日だと気を抜いたらつい寝坊を……。きみはこれから食事か?」
「俺はさっき済ませた。お前を待ってたんだよ。もうちょっと遅けりゃお前の部屋に行くとこだった」

どうやら午前中にトリスタが部屋を訪れたらしい。エリオットが起床する気配がなかったのでラルフにその旨を伝えたようだ。
いつまでも顔を見せないので体調を崩したのかと思い、ラルフは気を揉んだとのことだ。
自堕落にも恋人との房事に溺れてしまった己を恥じたエリオットは、目元を染め上げながら俯いて、ああ、とか、うん、といったうやむやな返答をした。
その気だるげな様子を見たラルフは片眉を跳ね上げさせた。

「どうしたお前。今日はやけに――」
「な、なんだ」
「……いや、なんでもねえ」
「本当にただ寝坊しただけなんだ。心配かけてすまなかった」
「別にいいんだけどよ……」

エリオットへの恋心を未だ諦めきれていないラルフは、どこか艶かしい空気を纏うその姿に自制心が揺れた。
けれど『宮廷滞在中手は出さない』という友人としての約束を破るほど落ちぶれてもいない。鉄の理性をもってそれを意識の奥に押し込める。
むしろ近くにいる間にエリオットへ好印象を植え付けるつもりでいた。そんな下心などおくびにも出さず、ラルフは快活に笑った。

「ラルフ、午後の業務は?」
「これから宮廷魔法使の会議だ。サイラスも出席するから午後はいねぇぞ」

それは好都合だとエリオットは内心ホッとした。このあとジンイェンの滞在している離宮に赴くので、これでサイラスに余計な詮索をされる懸念がなくなった。

「お前は?」
「僕は特に何もないから、そのあたりの散策でもしてる」
「そうか。トリスタは第四執務室にいるみてえだから、不都合があればそっちに頼む」
「ああ。ちょうど聞きたいことがあるんだ、そうする」

少しの間雑談をしたあと、エリオットは遅い昼食をとるために食堂へ、ラルフは会議堂のある宮殿へと向かった。


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