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「いや……その、もう治ってるから」
「なぁに、俺に見られんのはイヤ?」
「そういうわけじゃないんだが……足なんだ」

ここ、と指で右腿を差してみせると、ジンイェンがそっとその部分を撫でた。そして足と聞いて、いたわるようにエリオットをベッドへと座らせた。

「魔物にやられたんでしょ?毒は?」
「親玉の虫は毒性があるが、僕がやられたのは子虫のほうだったから何もない。だから――」
「いいから見せてってば」

ジンイェンにやけに真剣な顔で言われて、エリオットは仕方なくベルトを緩めた。
傷を見せるということは下衣を脱がなければならないということだ。躊躇いがちにズボンを膝まで下げる。
負傷した腿には薄い当て布を簡単に巻きつけている。治りかけの傷が服に擦れて痒くなるのでそうしているのだが、ジンイェンは別の印象を抱いたようだ。

「これ、取ってもいい?」
「構わないが……あの、本当にたいしたことはないんだ」

当て布を取り払われ、床に膝をついたジンイェンに真剣なまなざしで傷の具合を確かめられると、エリオットは妙な心地になった。落ち着かずに上体が揺れる。
掌ほどの大きさのえぐられたような傷痕は、赤褐色のかさぶたになっていた。

「……ん、ここまで治ってるならカルルの術も利かないね。爛れとかもなさそうだし安心した。魔獣や魔物に付けられた傷ってあとに引くことがあるからさ」
「ああ。治療士殿の薬効が良かったみたいで、今はすっかり痛みもないんだ。……その、もういいか?」

さっさと元通りに着衣をしようとしたそのとき、跪いたジンイェンが傷を直に撫でた。そのまま腿に手を滑らせ、傷痕に唇を触れさせる。

「っ……ジ、ジン……やめ……」
「どうして?」

唇をエリオットの腿に這わせながら囁くジンイェンの声が、欲に濡れている。傷痕に優しく口付けられたかと思うと、熱い舌がぬるりとそこをなぞった。

「……あっ……」

エリオットの口から小さな喘ぎが漏れたのを聞いたジンイェンは、舌先で傷をつついた。抵抗するように体を捩るエリオットの腰を両手で固定する。

「ちょっ、と、ジン……い、やだ……」
「なに?やっぱ痛い?」
「痛みはないって言ってるだろ……。そ、そういうことをされると、おかしな気分になるから、その……」
「変な気分にさせてるんだけど?」

喉の奥で笑うジンイェンは実に意地が悪い。彼の手が不埒に際どい場所を撫でる。

「ん……久しぶりに会ったんだし、ちょっと触ってもいいでしょ?」
「しかし……」
「どしたの。この部屋でやるのはダメ?」
「そ、そうじゃない。……今してしまったら、きみを、帰したくなくなるから」

小さくつぶやかれたその言葉を聞いたジンイェンは、エリオットの腿の上に脱力してもたれかかった。その耳の先が真っ赤だ。

「ヤバい……すっげー殺し文句……」
「だ、だから今日のところは、やめておかないか」
「なーに言ってんの。ここでお預け食らったらマジで死ぬ。俺は朝まで大丈夫だからさ、しよ。それとも明日も予定がある?」
「……明日、教師役は休みだ」

だから余計にまずいのだ。歯止めが利かなくなる。
ジンイェンは渋るエリオットの右腿に再び唇を滑らせた。左腿には指をゆっくりと這わせる。性感を刺激するような動きに、エリオットは敏感に震えた。

「ん……」

薄く湿った唇が腿の皮膚を啄ばむ。靴も、脱ぎかけた下衣も足から引き抜かれた。
久々の触れ合いでエリオットのものが早くも兆しを見せた。そうなってしまえば行為を止めるのも難しく、観念してジンイェンの頭を撫でた。
ジンイェンの地毛の、馴染んだ感触と違う。彼の髪はこしのある直毛だが、偽りの黒髪はやや柔らかくて艶がある。
撫でる手は彼の顎を捉え、夢中で腿に口付けているところを遮って軽く上向かせた。

「ジン……」
「ん」

エリオットは上体をかがめて、ジンイェンの唇に己の唇を重ねた。昼間したような軽い口付けから、だんだんと情欲を煽るための濃厚なキスになる。
その間もジンイェンの手は執拗に腿を撫でた。内股の筋を指でなぞってみたり、膝裏をくすぐったりと、悪戯を仕掛けられるたびエリオットはビクンと肩を跳ねさせた。
そうして遊ばれていてはキスに集中できず、うまく飲み込めなかった唾液が唇の端から零れた。
一旦口付けから離れたジンイェンはベッドに上がってエリオットの隣に座り、垂れた唾液を指で拭った。

「……なんか変な感じ」
「え?」
「ちょっと見ない間に、アンタがすっかり宮廷慣れしててやけに貴族っぽいから」
「その、きみがよく言う貴族っぽいっていうのは、どういう意味なんだ」
「……手が届かない気がする」

静かに囁かれた言葉を、エリオットは少しの間反芻した。そのひと言に様々な想いが込められている気がして一瞬喉が詰まる。

「……馬鹿な。そんなわけないだろ」
「うん。……うん、だね。なんだろ、ここずっと兄貴とか郷里のヤツらと一緒にいたからかな、色々感傷的になってんのかも」

ジンイェンが言っているのは彼の過去に関することなのだろう。普段は飄々としていても哀しくつらい思い出がある。
もしかしたらジンイェンが郷を離れてオルキアにいるのは、それを少しでも遠ざけるためなのかもしれないと、ふと、そう思った。
手が届かない――離れていた間に恐れてたことだろうか、それとも今はもうない肉親への憧憬だろうか。
垣間見えた心情に胸が締め付けられ、エリオットはジンイェンを抱きしめた。

「僕は、僕だ。変わらない」
「……うん」

ジンイェンのほうもエリオットを強く抱き返し、耳の下に唇を這わせた。


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