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ジンイェンと別れたあと、約束の時間までエリオットはとにかく落ち着かなかった。ともすれば緩んでくる頬を慌てて引き締めるという有様だ。
『長期契約』と言っていた仕事とはこのことだったのか、狩猟者である彼がどうやってあの劇団に入ったのか。反対に自分の今の境遇なども伝えたかった。
ラルフやクロードはジンイェンの存在に気付いていないようで、顔を合わせても何も言ってこない。考えてみればほんの少し接触をしただけの人物など分かりようがないだろう。
ただサイラスだけは訝しみながら「何かいいことでもあったの?」とからかってきたので、それを誤魔化すのは面倒だった。

陽が落ちきる前にエリオットはさっさと夕食を済ませた。
簡単な湯浴みで昼間の汚れを落としてから、約束の時間の少し前に宮廷魔法使の離宮を出た。
夜勤の魔法使が多いので離宮の玄関は一日中開きっぱなしだ。代わりに個室に鍵が付いている。
数人すれ違ったが、エリオットが夜に出歩いていることを咎める者はいなかった。不本意な形で引き受けることになった殿下の教師役だが、こういうときに威力を発揮するのは有難かった。

夜の庭園はひどく暗い。杖に光をともして足早に歩き、昼間約束した場所に辿り着くとあたりを見回した。しかしまだジンイェンの姿はなかった。
そのまま待つこと一時間――約束の時間を過ぎても恋人は現れなかった。
夜目の利くジンイェンのことだからエリオットの姿が分からないはずはない。そうすると今夜は何か急用ができて来られなくなったのかもしれない。
それでもエリオットは、夜が明けても待つつもりだった。待ち時間すら愛おしい。彼に会いたかった、とても。

ぼんやりと薄曇りの夜空を見上げていると、足音も気配もなく暗闇の中から待ち人がようやく姿を見せた。

「ジン!」
「待たせてごめん。すげー遅くなっちゃったね。出るのに手間取っちゃってさ」
「構わない。こっちだ、来てくれ」

エリオットはジンイェンを連れて離宮へと戻った。自室としてあてがわれている個室もずいぶんと馴染んだものだ。
部屋に入り魔法灯をともすと、ジンイェンは物珍しそうにきょろきょろと見回した。

「へー……宿舎っていうからどんな簡素な部屋かと思ったけど結構豪華だねぇ。うわ、浴室まであるの?俺たちにあてがわれてる離宮と全然違うんだけど」
「南東のデボルア離宮だと聞いたが」
「ふーん、あそこそんな名前なんだ?広間に雑魚寝でちゃんとしたベッドなんかないし宮廷の端っこだしで、まあ芸人の扱いなんてこんなもんかって感じだよね。俺は慣れてるから平気だけど」
「劇団は賓客だと言っていたが、そうなのか」
「あれだけの人数を招いたにしては高待遇なんじゃない?メシもちゃんと用意されるみたいだし、劇団長や人気役者は宮殿に寝泊りするってさ」

そう聞いてみれば芸人としては破格の待遇だろう。むしろ客人としてはエリオットのほうが異例の招待だといえる。
エリオットは改めてジンイェンの姿をじっくりと眺めた。

「きみ、また髪の色を変えたのか?」
「これ?はは、さすがにそんな頻繁に変えられないからカツラだよ。つっても簡単には取れないようになってるけどね。いつもの色じゃ宮廷入りするのに相応しくないからってことでさ」
「……どうして言ってくれなかったんだ。きみが、ここに来るって」
「言えなかったってのが正しいかな?グランの兄貴から手紙は受け取った?」
「読んだ。手紙には長期契約の仕事としか書いてなかっただろ。だからてっきりカルルと狩りの遠征に行ったのかと思ってたんだが、これがそうなのか?」
「そーゆーこと。ほら、俺の本業って違うでしょ。だからまあ、賊だと思われたら厄介でさ。変なこと書いてアンタに迷惑かかっちゃっても困るし、曖昧な書き方しかできなくてごめんね」

ジンイェンは思い出したように「カルルは今、別の仕事に行ってるよ」と付け加えた。
手紙は絶対の秘密保持ができるというわけではない。ジンイェンのその気遣いはありがたかったが、思わぬ再会にエリオットは複雑なものを感じた。
この驚きをもたらした彼に八つ当たりをしたくもあり、こうして直に会えた喜びだけを純粋に表に出したくもある。


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