ひそやかなる


すぐにでもジンイェンから事情を聞きたくて仕方がなかった。けれど、国の招待客の中にいる彼に近づいて良いものかどうか、そうするにはどうするべきかエリオットは迷った。
有効な解決策が思いつかず一晩が過ぎ、翌日、いつものように皇子と皇女の授業時間になった。
宮殿に行くとシルファンだけではなくリアレアも部屋にいて、二人でエリオットを迎えた。

「先生先生!昨日のパレードは見た!?」
「ええ、賑やかでしたね」
「お茶会はね、あのあと先生がいなくなってからすぐお開きになったのよ。私たちは見ちゃダメって言われてたのだけど、上の窓からこっそり見たの!ねっ、シルファン!」
「う、うん」

シルファンもやや興奮気味に頷く。
皇族がみだりに顔を出してはならないと止められたのだろう。そうでなくともリアレアはそのまま窓の外へと飛び出していってしまいそうだ。

「父様がヒノンから呼んだのですって!はぁ、綺麗だったわねぇ……。長めに滞在していくつか劇を披露してくださるそうよ!」
「楽しみだね、リア」
「うんっ!」

双子が嬉しそうに話している。エリオットはふと聞いてみたくなった。

「彼らはどこに寝泊まりしているのですか?」
「えっとねぇ……たしか西の離宮だったかしら。シルファンは知ってる?」
「南東のデボルア離宮、だよ。芸人の方々は、いつもそこだから、そうだと思う」
「そうですか……。その、おかしなことを聞くようですが、彼らと話すことはできますか?」
「えっ、どうかしら。父様に頼んでみましょうか?」
「い、いいえ、失礼しました。今の質問は忘れてください」

なんとも気軽に言ってのけているが、リアレアの『父様』とはすなわちオルキア皇帝だ。畏れ多くも皇帝陛下を些事で煩わせるような真似は死んでも出来はしない。
この日は結局、二人の興奮醒めやらず全く授業にならなかった。かわりにエリオットが知っている限りの――ジンイェンから伝え聞いたヒノンの文化などを聞かせると彼らは大いに喜んだ。

子供だからと詳しい事情は伝えられていないようで、とにかく劇団はしばらく宮廷内に滞在するということだけは分かった。
劇は伝統の戯曲を現代風に煌びやかにしたもので、ヒノン国内で絶大な人気を得ているそうだ。
珍しい客の到来にどこか浮かれている宮廷内ではあったが、ホライナス指導長はいつも通りぶつくさとやれ騒がしいだの落ち着かぬと愚痴をこぼしている。
要人ではなく芸人ということで宮廷内の警備も昨日からさらに厳しくなった。

エリオットは詰所への帰り道、どうやってジンイェンと接触するかばかりを考えていた。そうして気を抜いていたのが悪かったのだろう。
庭園の煉瓦道を歩いている最中、突然背後から羽交い絞めにされて道脇の草むらへと引きずりこまれた。

「ぅ、わっ……!」

少しの音も、気配もなかった。ただそれは本当に唐突だった。
驚いて足がもつれ、体勢を崩して地面に倒れる。しかし柔らかく抱き留められて衝撃も痛みも感じなかった。
あっと大声を上げそうになったが、唇に人差し指が触れて声を飲み込む。
エリオットを抱き留めたのは、いつかと同じ黒髪ではあるが確かに恋人の姿だった。
パレードのときとは違い、前合わせの簡素な衣服だ。

「おっとと、危なっ……」
「ジン……!」
「うん俺だよ。ごめん、驚かせちゃったね?」

草むらの陰で折り重なりながら小声で囁き合う。
ジンイェンの存在を確かに感じたエリオットは、張り詰めていたものが一気にたわみ瞳が潤んだ。

「もー、やっと見つけた!アンタ探すのすっげー大変だったよ!つーか何?マジで宮廷魔法使様になっちゃったの?」
「いや、そうじゃないんだ。色々と事情があって……。というか、昨日のあれはなんだ」

パレードの最中、大胆にもキスを投げる仕草をされたエリオットは心臓が縮み上がった。
幸いそれは一瞬で、いち芸人によるただのパフォーマンスとして誰も気にとめていないようだったが、それにしてもあからさまな求愛行為だ。

「あーあれ?だってエリオットが俺に気づかないかもしれないと思って」
「気付かないわけがないだろう。むしろきみのほうが、よくあの中から僕を見つけたな」
「そりゃ愛しい恋人のことですから……って言いたいとこだけど、杖だよ」
「杖?」
「ほら、俺が結んだ紐が目印になって、すぐわかったの」

杖に結ばれた赤い紐結びは独特の形で確かに目立つ。ほどけたり綻びがないかとチェックするのがエリオットの今の日課だ。
ジンイェンに優しく頬を撫でられ、エリオットはたまらず彼に抱きついた。

「ジン、ジン……き、聞きたいことが、たくさんある……」
「だよねぇ?俺もだよ。とりあえず今はちょっとまずいから……今夜、時間ある?」
「大丈夫だ。話すのなら僕が寝泊まりしてる宿舎でいいか?個室だし、夜半の出入りも自由だから」
「りょーかい。またこの場所で落ち合お」

エリオットとジンイェンは時間を取り決めたあと、密やかに、軽く唇を触れ合わせた。


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