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場を仕切る女主人がいなければ会話もそぞろで、セリーナといくらも話さないうちに時を告げる鐘が鳴った。それを聞いたエリオットの肩から力が抜ける。
エリオットは女性たちに惜しまれながらも、サイラスの入れ知恵である魔法使業務を口実にプリエンテの敷地を辞した。
その足で詰所に赴くとサイラスが黒髪の子弟とともに入り口でエリオットを待っていた。彼はやけにそわそわとして落ち着かない様子だ。

「すまない、遅くなった」
「ホンットにね!まずいよ、客の到着が予定より早まりそうなんだ。ほらほらエリオット、これ着て!」

サイラスはその手に持った布をエリオットに押し付けた。

「なんだ?これは」
「見ればわかるだろ。宮廷魔法使のローブ!」

エリオットは驚いて布を広げた。光沢のある明灰色――たしかに宮廷魔法使の正装用ローブだ。

「キミはオレと背格好が似てるから同じサイズのだけど、大丈夫だよね?」
「僕は宮廷魔法使じゃないんだ。さすがにこれは着られない」
「もぉぉそういうのは今はいいって!もう一回言うけど旅団長に許可は取ってあるから!」
「あっ、おい……!」

サイラスはエリオットのローブに手をかけ強引に脱がせた。それを傍らの子弟に渡し「執務室に置いてきて」と短く指示をした。
そして宮廷魔法使のローブを無理矢理羽織らせ、サイラスは困惑気味のエリオットの腕を引いてすぐに転移の間へと向かった。

「サイラス……どういうことかちゃんと説明してくれ」
「時間ないから移動しながらね。これから来るのはちょっと大事な客だから、宮廷としてはできるだけ盛大に迎えたいわけ。そのためには人がたくさんいたほうがいいんだ」

いつもの妙な巻き舌気味の間延びした喋り方ではない早口で、サイラスは本当に気が急いているというような調子だ。

「だけどホラ、宮廷内を空にするわけにもいかないから全員は無理でしょ?だから時間空いてる人はとにかく集まることになってるのさ。
 最初キミは人員に入ってなかったんだけど、めったにない機会だしオレが推薦したんだ。ただソレ着て突っ立ってるだけの仕事だし。あァもちろん何かあったらちゃんと働いてよー?」
「はあ……事情は分かった。それで、これからどこに行くんだ?」
「宮殿周りだよ」

魔法陣を抜けると、宮殿裏にある詰所に出た。主に宮殿の警備などをする魔法使が利用する出入り口だ。本詰所より小規模だが、常に衛兵がいて人の出入りを厳しく見張っている。
そこからはぐるりと宮殿を徒歩で回り込み、正面側へと移動した。宮殿は広大なためそれだけでも時間がかかった。

「それほど大事な客というのは、どういう人物なんだ?外国から来るときみは言ってたが……」
「うぅ〜ん、人物っていうか人たち?」
「複数人なのか。相当規模が大きそうだな」
「そうさ。だって劇団だからね」
「劇団?」

宮廷住まいの人々の娯楽のために芸人を招くことはよくある。そのために音楽堂があるほどだ。しかし外国からの劇団を、宮廷魔法使たちが正装までして迎えるとはなかなかないことだろう。

「ほら、近くヒノンで大陸会議があるだろ?その異文化交流目的であちらの有名劇団を招いたんだよ」
「ヒノン?」

その名にエリオットの胸の奥が疼く。ヒノン共和国――それは、恋人であるジンイェンの生まれ故郷だ。

「国外での公演は今回初らしいよ。彼らはずいぶん前に巡業しながらオルキア入りして、今日は朝から首都をパレードで練り歩きながら宮殿に向かってるのさ。それを迎える仕事。簡単だろ?」
「そ、そう、か」
「夕方になるって言ってたのに予定が早まったって連絡があってさぁ。あッ、劇団員は女人禁制で全員男だってハナシだよ。面っ白いよね〜」
「…………」
「っと、ここからはお喋り禁止で。とりあえずオレの真似して隣に立ってて」

早足でサイラスのあとを歩きながら、エリオットの心臓がどくんどくんと高鳴る。
宮殿の正面には正装をした宮廷魔法使と衛兵がずらりと並んでいた。全員杖と剣を捧げ持ち、静かに整列している。バルコニーには見物目的らしい高官や貴族たちの姿も見える。
列の中にラルフの姿があったがティナード旅団長は不在だ。また、今まで見かけなかった女性の宮廷魔法使もいる。

エリオットは第十二旅団の列に紛れた。
旅団長であるクロードがエリオットの顔を見てわずかに微笑む。クロードの隣にサイラスが並び、エリオットはその横に立たされた。サイラスに倣い胸を反らして杖を立てる。

その状態で数十分ほど待った。しかししばらくするとバルコニーがざわめきはじめ、遠くから打楽器や笛の音が聴こえてきた。独特なリズムと音階の、耳に馴染みのない不思議な旋律だ。
紙吹雪を撒き散らし、かなり仰々しい行列だと遠目でも分かる。
近づくにつれ徐々にその全貌が見えてきて、エリオットは度肝を抜かれた。

劇団の衣装は一言で表すならば『派手』だった。
ヒノン伝統のゆったりとした形の衣装ではあるが、赤や黄色、青など原色をふんだんに使った布地に金や銀の緻密な花鳥模様。飾りがこれでもかと付いた大きな帽子。
先頭にはひょうきんないでたちの小柄な男性がおり列を先導していた。おそらく劇団長だろう。

そのあとに続く役者もすごかった。白塗りに奇妙な黒い筋の化粧をほどこした男性は、重そうな剣を下げて旗を背負い大仰な付け髭をしている。
そして彼の引く馬――馬も宝玉や房で飾られている――に乗った人物は、目元と口紅を赤く引いたたおやかで美しい女性だった。仕草も女性のそれで、サイラスから『全員男』と聞いていなければ疑いもしなかっただろう。
他にも娘役の役者があとに続き、白髭の老人もいれば青年もいた。
誰もが派手な装いでエリオットの目がちかちかとしたほどだ。けれど初めて目にする異文化はおそろしく魅力的でひどく惹きつけられた。

楽団が賑々しく音を奏でながら練り歩く。そして最終には端役と思しき青年が数人続いた。こちらは化粧が薄く比較的地味な衣装だったが、その分彼らは動きで見る者を魅了した。
彼らはそれぞれ長い棒や刀を持ち、それをくるくると華麗に回しながら観覧者の目を楽しませた。ときには自身も軽やかに飛び跳ね回転し、その驚くべき身軽さにバルコニーから歓声が上がった。
それと同時にエリオットも思わず「あっ」と小さく声を上げた。サイラスに小突かれて慌てて口を閉じる。
何故なら、装いが違っていても気付いてしまったからだ。

(ジン……!?)

立ち回りを披露する青年たちの中に、恋人の姿を見つけたのだ。
ヒノンと聞いてから予感はあった。むしろそうだったら良いのにという希望もあった。
化粧が薄いせいもあるが、顔かたちに口元のほくろの位置、その身のこなし、何度も抱き合った愛しい姿を見間違えるわけがない。

彼の――ジンイェンの視線が不意にエリオットへと絡む。そうして彼は笑みを浮かべながら、エリオットに向けて指先でキスを投げた。


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