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表向きには病で臥していることになっているが彼女は身重のはずだ。
騒動があったのは半年ほど前だという話だから、胎児の成長はかなり進んでいると思われる。けれど見る限り、それほどそうと分かるような体型ではなかった。肌の露出を抑えた腹部を締め付けない形のドレスだからかも知れないが。
すると突然、リアレアとセリーナは互いに手を取り合って興奮したように頬を染めた。

「ねえセラ姉様言った通りでしょう!?先生はリュシアン様にそっくりなの!!」
「そうね驚いたわ!まるで物語から出てきたかのよう!」
「レオンの新しい巻は読んだ!?また新しい冒険の始まりね!」
「もちろんよ!他にやることがないのだもの」

きゃあきゃあと甲高い声で歓声を上げる様は年相応の少女にしか見えない。そしてどうやら二人は熱烈な『レオンファン同志』のようだ。
エリオットが反応に困っていると周囲の女性がさっと脇に避けた。かわりにプリエンテ夫人が泰然とセリーナの前に立つ。

「セリーナ、今日は外に出てはなりませんと言っておいたでしょう」
「お母様……ごめんなさい。でも、アリーが来ていると聞いたから……」
「あなたは――そう、ここのところ体調が特に優れないのよ」

プリエンテ夫人の言葉は、娘の体調を慮る母親というよりは不始末をしでかした者を隠そうとするような棘が含まれていた。
病で臥せっているはずの少女が実のところ、未婚のまま子を宿しているなどとは公爵家の恥と考えているのかもしれない。エリオットは母娘の様子を見てそう察した。
父と母と子――夫婦神が成す『三』という数字を古来より神聖視していることからも、子を人為的に堕胎することはタブー視されている。あくまで自然に任せるのが通例だ。
もし堕胎をしてその後の受胎に影響があることも、公爵家の息女として望ましくない。夫人にもそういった葛藤があるのだろう。
しかしリアレアはセリーナを本当の病人だと聞かされているようで、懸命に夫人に訴えた。

「ねえおばさま、部屋に篭っていてばかりでは良くなる病も悪くなってしまうわ!今日は顔色も良さそうよ。少し外の空気を吸うだけだもの、姉様とお話してもいいでしょう?」
「……リアレアがそう言うのなら。少しだけですよ」

皇女である彼女の言葉を無碍にすることもできない夫人は、渋々といった様子で扇子をぱしんと閉じた。

「私は執務がありますのでこれで失礼いたしますわ。皆様、どうぞ楽しんでらしてね」

淡々とそう述べると、プリエンテ夫人は家令を伴って館へと消えていった。
女主人がいなくなると緊張していた空気が緩んだ。一方で残された茶会の客たちはひそひそとしている。主催が途中でいなくなるなど、茶会としては作法に適っていない。
セリーナは弱々しく微笑みながらエリオットへと向き直った。

「……ごめんなさい、教授。アリーからあなたのことを聞いていて、どうしてもお会いしたかったの」
「あの、私、姉様がずっとお屋敷に篭ってしまっているから退屈かもしれないと思って、先生のお話をしていて……。姉様が病気でずっと会えなかったから、お手紙のやりとりしかできなかったけど」
「殿下……」

リアレアまで先ほどまでの楽しそうな様子から一変してしゅんと落ち込んでいる。
同じ宮廷内に住んでいながら手紙のやりとりしかできなかったのならば、仲の良い二人にはさぞかしつらい日々だったろう。
エリオットも沈んでしまった二人に対しどう声をかけるべきか迷っていると、不意にうしろから控えめな声が上がった。シルファンだ。

「えっと、き、気にすることないよ、セラ」
「ルーファ……?」
「リアが言ったみたいに、たまには歩いたり、外の空気を吸ったほうが、い、いいと思う……。おばさまは、セラが倒れてしまわないか心配で、ああいう風に言ってる、だけだから。僕もついてるし、へっ、平気だよ!」

たどたどしくも頼もしい台詞を発したシルファンに、セリーナの表情が柔らかくなる。少年は幼いながらも女性を守る男性の顔をしていた。
その様子にリアレアがエリオットにこっそりと耳打ちをする。

「あのね、シルファンったら姉様のことが好きみたいなの!」

エリオットは苦笑しながら「そのようですね」と頷いた。
複雑な恋模様を思えば、応援したいような引き止めてしまいたいような、そんな何とも言えない心持ちになった。


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